前回は、1980年のコンピレーション・アルバム「ビートルズ・バラード・ベスト20」のブラジル盤を採り上げた訳だが、何とも大らかと言うか、テキトーと言うか、ブラジルEMIがやらかしてくれた盤であった。
詳しくは前回の記事をご覧いただきたいが、ビートルズのレコードに限っては、このようなやらかしは悪く無い。と言うか大好き、大好物である。
B-SELSに行くような方なら、分かっていただけると思う…
と、そんなブラジル盤なのだが、やらかしているばかりでは無い。"普通に"良いレコードもある。
ということで、ブラジル盤の名誉(?)のために、今回の「レコード評議会」はこれにしよう。
1980年リリースのブラジルEMIの制作によるブラジル盤ということで、「ビートルズ・バラード・ベスト20」と同じ年の同じレコード会社によるブラジル盤だ。
Toninho Horta
Toninho Horta
ブラジル盤(1980年)
EMI(ブラジルEMI)
31C 064 422 881
SideA:422881-A 1-1-1-2
SideB:422881-B 1-1-1-1
SideA
1. Aqui, Oh! (Check This Out)
2. Saguin (Sanquin)
3. Vôo Dos Urubus (The Vulture's Flight)
4. Caso Antigo (An Old Love Affair)
5. Prato Feito (Today's Special)
SideB
1. Era Só Começo Nosso Fim
(Our End Was Just Beginning)
2. Minha Casa (My House)
3. Bons Amigos (Good Friends)
4. Vento (Wind)
5. Manoel, O Audaz (Manuel The Brave)
(注)曲名がポルトガル語なので、1990年にアメリカでCD化された際の英訳を付けた(が、A1は何か違うと思う)。
トニーニョ・オルタのセルフタイトル・アルバム。
トニーニョ・オルタと言われても、馴染みが薄い方もいると思うので、簡単に紹介しておくと…
1948年生まれ、ブラジルはミナス・ジェライス州出身のギタリスト・歌手。
1972年、同郷仲間のミルトン・ナシメントやロー・ボルジェスによるアルバム「Clube Da Esquina(街角クラブ)」にギタリストとして参加。
以降、ミルトン・ナシメント、ジョアン・ボスコ、ガル・コスタなど、ブラジル・ミュージシャンの作品に参加。
1980年、ソロ・アルバム「Terras Dos Passaros」をブラジルでリリース。
同年、2枚目のソロ・アルバム「Toninho Horta」をブラジルでリリース。
1988年「Diamond Land」、1989年「Moonstone」をアメリカでリリース(アメリカ・デビュー)。
以降も様々なミュージシャンの作品に参加すると共に、自身のアルバムもコンスタントにリリース。
彼の音楽の特徴は、独特で叙情的なメロディ、美しくも複雑なハーモニー、即興的かつ多層的なリズム。
サンバやボサノバといった伝統的なブラジル音楽にジャズやクラシックを織り交ぜた様なサウンドと言ったら良いのだろうか。
パット・メセニーが影響を受けたとされ、曰く「ボサノバ・ギターのハービー・ハンコック」と評したとか。
ちなみにトニーニョ・オルタの影響が強く伺えるパット・メセニーのアルバムがこれ。
で、このアルバム「Toninho Horta」についてだが、これが素晴らしいの一言。
特に、という曲に絞って記すと…
A1. Aqui, Oh!
ボサノバ・ギターをよりリズミカルにした様な演奏に、ブラジリアン・パーカッション、ナチュラルトーンのギターによるオブリガードが入り、それに浮遊感のあるボーカルが乗る。
"Bendito é o fruto dessas Minas Gerais"(祝福されるはこの果実、このミナス・ジェライス)と歌われるミナス・ジェラオス賛歌とも呼べる曲だ。
このアルバム中、最も素晴らしい曲であり、名曲中の名曲。
なお、サンバ歌手のホベルト・ヒベイロ(Roberto Ribeiro)が掛け声で特別参加しているのだが、「おー、ばっちり!」という空耳アワーが聴ける。
A5. Prato Feito
ボイス(歌詞無しのメロディ)、ブラジリアン・パーカッション、ナチュラルトーンのギターによる疾走感のある曲と来れば、まるで「Still Life (Talking)」(1987年)の頃のパット・メセニー・グループ。
それもそのはず、パット・メセニーがギターで参加している。 …いや逆か?
この時期のパット・メセニーは「American Garage」(1979年)や「Offramp」(1981年)の頃。トニーニョ・オルタからの影響が後の「First Circle」(1984年)、 「Still Life (Talking)」(1987年)、 「Letter From Home」(1989年) に繋がっていった、という訳だ。
B5. Manoel, O Audaz
"Manoel, o audaz"(勇者、マヌエルよ)とマヌエルを讃える歌。マヌエルとはインマヌエル(神はわれらとともに)に由来する名前であり、神を讃える歌ということなのだろう。
ミナス・ジェライス州出身の同郷仲間ロー・ボルジェスがボーカルで参加しており、アルバムの最後を締め括るに相応しい。
この曲もパット・メセニーが参加しており、素晴らしいギターソロを展開している。
これ以外の曲も素晴らしく、アルバムを通して名曲が並んでいると言っても大袈裟では無い。
ブラジリアン・パーカッションはもちろんのこと、曲によってはコーラス、トロンボーン、サックス、オーケストラ(アレンジはトニーニョ・オルタ自身)が入っており、アレンジも多彩。
ドラムやベースなどのバックメンバーもワールドワイドでは無名なのだろうが、躍動感の溢れる演奏で、聴いていて気持ち良いことこの上無い。
ということで、本当に素晴らしいアルバムであり、名盤中の名盤と言えるものだ。
1980年当時はブラジル国内でしかリリースされておらず、その意味では幻の名盤と言うことも出来るだろう。
後に、1990年にアメリカで、2003年に日本でCD化されるのだが、それまではブラジル国内でしかリリースされていない。
そんな「Toninho Horta」なのだが、この素晴らしいアルバムを制作したのがブラジルEMI。
既に売れっ子となっていたパット・メセニーとの共演を実現させたことも含め、素晴らしい仕事ぶりだ。
「ビートルズ・バラード・ベスト20」でやらかしている、同じレコード会社とは思えない…