レコード評議会

お気に入りのレコードについてのあれこれ

A Noite / Ivan Lins【ブラジル盤】

ブラジル・シリーズということで前回はイヴァン・リンスだった訳だが、久しぶりに聴いたらやっぱり素晴らしい音楽だな、と。

 

ということで、今回の「レコード評議会」もイヴァン・リンスを採り上げたい。

 

 

Ivan Lins

A Noite

ブラジル盤(1979年)

EMI

31C 064 422849

SideA:422849-A  1-1-1-3

SideB:422849-B  1-1-1-22


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SideA

 1. A Noite

 2. Desesperar, Jamais

 3. Começar De Novo

 4. Te Recuerdo Amanda

 5. A Voz Do Povo

SideB

 1. Antes Que Seja Tarde

 2. Saindo De Mim

 3. Formigueiro

 4. Velas Içadas

 5. Noites Sertanejas

 

 

イヴァン・リンスの「A Noite (ア・ノイチ)ある夜」。

 

黄金期と言われるEMI4部作の3枚目になるアルバムだ。

 

 

前回採り上げた「今宵楽しく」とジャケット・デザインの風合いが似ている。

 


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調べてみたら、両方ともMello Menezesというブラジルのイラストレーター、グラフィック・デザイナーの作品だった。

なかなかアーティスティックなデザインだ。

 

 

さて、肝心の内容についてだが、このアルバムも素晴らしい曲が並んでいる。

特にという曲に絞って、歌詞ポルトガル語の内容も含めて書くと…

 

A1. A Noite(ある夜:後の日本盤CDでの邦題)

歌詞:何かに対する恨みがましい想いが歌われている。

「ある夜、恨みが刻まれる/ナイフや小刀で 、鉛筆やカミソリで /人々の中に、トイレなどに、そして私の中にも…」

曲調:美しいメロディで哀愁も漂う曲。アコーディオンの音色が哀愁感をより感じさせる。一方で、訴えかけるような力強さ、魂の叫びも感じる。名曲。

カバー等:

▶︎アメリカ向けに英語の歌詞を取り入れた「Love Dance」(1989年)で "Who's In Love Here"というタイトルでリメイクされている。

 

A2. Desesperar, Jamais(決してあきらめはしない)

歌詞:「決してあきらめはしない」と何かに立ち向かう様な歌。

「決してあきらめはしない/下から突き上げれば、上のものは落ちる/決してあきらめはしない/上手く突き上げれば、それはもう立ち上がれない

曲調:コーラスやブラスも入って盛り上がる、サンバのリズムによる陽気で明るい曲。ライヴでもよく歌われている。

 

A3. Começar De Novo(夜明け)

歌詞:つらかったことを振り返りつつ、前を向く様が歌われている。

「やり直そう、自分を信じて/新たな朝を迎えることに意味がある/反抗したこと、苦労したこと、傷ついたこと、生き延びたこと、机をひっくり返したこと、身の程を知ったこと、船をひっくり返したこと、助かったこと/それら今までのこと全てにも意味が無いものなどない」

曲調:ピアノの音をバックにとしっとりと歌われる美しい曲。名曲。

カバー等:

▶︎シモーネの「Pedaços」(1979年)で採り上げられている。

▶︎パティ・オースティンの「Every Home Should Have One」(1981年)で "The Island"とのタイトルで採り上げられている。

▶︎サラ・ヴォーンの「Crazy and Mixed Up:枯葉」(1982年)で "The Island"とのタイトルで採り上げられている。

▶︎「Love Dance」(1989年)でセルフカバーされている。

 

B1. Antes Que Seja Tarde(今を生きよう)

歌詞:厳しい現状を打破しようと仲間を鼓舞するかの様な歌。

「私達は変わらなければいけない/心の炎が消えてしまう前に/信じる心が無くなってしまう前に/手遅れになってしまう前に」

曲調:分厚いコーラスをバックに訴えかけるような力強い曲。

カバー等:

▶︎テレンス・ブランチャードの「The Heart Speaks」(1996年)で採り上げられている(イヴァン・リンス自身がボーカル)。

▶︎デイヴ・グルーシン&リー・リトナーの「Harlequin」(1985年)で "Before It´s Too Late"とのタイトルで採り上げられている(イヴァン・リンス自身がボーカル)。

▶︎マンハッタン・トランスファーの「Brasil」(1989年)で "Notes From The Underground"とのタイトルで採り上げられている。

 

B2. Saindo De Mim(別れの旅)

歌詞:別れの悲しみが歌われている。

「あなたは私と別れようとしていた/気軽な言葉で、優しいやり方で/あなたは私と別れようとしていた/ゆっくりと永遠に、誠実なやり方で/私が泣いている時も」

曲調:悲しくも美しいメロディ。ハーモニカのソロも素晴らしい。名曲。

カバー等:

▶︎シモーネの「Pedaços」(1979年)で採り上げられている。

 

B4. Velas Içadas(帆を立てて)

歌詞:「帆を立てて」ということで前向きな歌かと思いきや、帆を張っているが出航できないという、やるせない心が歌われている。

「彼の心は帆を張った船/彼の心は決して航海することのない船/彼の心は錨を下ろした船」

曲調:美しいストリングスをバックに美しく優しいメロディが奏でられる。ソプラノ・サックスのソロも味わいがある。名曲。

カバー等:

▶︎クインシー・ジョーンズの「The Dude:愛のコリーダ」(1981年)で "Velas"とのタイトルで採り上げられている。

▶︎「Love Dance」(1989年)で "Velas"というタイトルでセルフカバーされている。

 

 

ということで、名曲を乱発してしまったが、実際に名曲なのだから致し方ない。

前回の記事で「起伏のあるメロディラインながら自然な流れで、かつ美しく、単音でメロディをなぞるだけでもその良さが分かる」と書いたがその通りで、本当に素晴らしい曲が並んでいる。

 

稀代のメロディメイカ天才的メロディメイカと呼ばれるイヴァン・リンスだが、彼のメロディメイカーとしての才は天からの授かりものなのだろうと思う。

 

 

ところで、前回記事で少し触れたが「Somos Todos Iguais Nesta Noite今宵楽しく(1977年)の頃から曲作りのパートナーとして詩人ヴィトル・マルティンスVitor Martinsが作詞を担っている。

 

で、歌詞について目を向けてみると、意味深長なものが多い。

 

恨みがましいもの、やるせないようなもの、立ち向かうようなもの、鼓舞するようなもの…などが綴られているが、これだけ見てもどういう意味があるのかはっきりとは分からない。

 

だが当時のブラジルの状況が分かると、その意味が浮き彫りになってくる。

 

この頃のブラジルの状況はというと…

ブラジルは1964年のクーデターにより軍事独裁政権となった。このため人々の行動・言論は制限されるようになり、文化活動への弾圧や検閲も行われるようになった(1968年に危険人物とみなされたジルベルト・ジルとカエターノ・ヴェローゾは逮捕されている)

一方で経済的には「ブラジルの奇跡」と呼ばれるほどの高度経済成長を見せていたため、国民がその恩恵にあずかるといった一面もあった。

 

ところが1973年のオイルショックを境に経済が失速。このため貧富の差が拡大し、犯罪は増え、治安は悪化した。

言論統制や人権侵害など、軍事独裁政権による負の側面が大きくなった。

 

人々の不満から民主化への要求が大きくなるにつれ、人々の行動・言論の自由は制限されつつも、次第に軍政の路線転換が進められるようになっていった。

1979年には政治犯への恩赦が出され、大統領が将来の民政移管を口にするようになった。

最終的に1985年に文民政治への移行を果たした。

 

ブラジルのこのような状況を踏まえて歌詞を見てみると、軍事独裁政権下における市井の人々の姿やその人々へのメッセージなのだということが分かる。

 

直接的に政府や現状を批判する様な歌詞では無く、個人の出来事に置き換えられたり、比喩的に歌われたりしており、分かる人には分かるといったものになっている。

 

で、この歌詞を手掛けたのが イヴァン・リンスの盟友ヴィトル・マルティンスという訳だ。

 

このアルバムを聴いて、癒されたり、勇気付けられたりした人は多かっただろう。

 

 

ということで、それらを踏まえてこのアルバムを聴くと感慨深いものがあり、改めて名盤だと思う。

 

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そんな名盤も1979年当時、ブラジルとポルトガルでしかリリースされていない。

(後に日本ではCD発売、世界ではデジタル配信されるが、アナログレコードは1979年のブラジル盤とポルトガル盤しか存在しない。)