先日のライヴ以来、ブラジル熱が上がり、前回の「レコード評議会」ではアジムスのアルバム「ライト・アズ・ア・フェザー」を採り上げた。
ブラジリアン・フュージョンと言えば真っ先に浮かぶアルバムだ。
だが、知名度では劣るものの、内容ではこれに匹敵するアルバムがある。
ということで、今回はこれを採り上げたい。
Manfredo Fest
Brazilian Dorian Dream
UK盤(2020年再発)(オリジナル:1976年)
Far Out Recordings
FARO219LP
SideA:FARO 219 LP・A1 MPO 20156989
SideB:FARO 219 LP・B1 MPO 20156989
SideA
1. Brazilian Dorian Dream
2. Facing East
3. Jungle Cat
4. That's What She Says
SideB
1. Slaughter On Tenth Avenue
2. Who Needs It
3. Braziliana No.1
マンフレッド・フェストの「ブラジリアン・ドリアン・ドリーム」。
マンフレッド・フェスト?誰?と思う方も多いと思うので、簡単に紹介すると…
ブラジル出身のピアニスト、キーボード奏者。
1936年、ブラジル南部のリオグランデ・ド・スル州ポルト・アレグレに生まれる。
生まれながらに視覚障害(Legally Blind)があったが、父親が大学で教鞭をとっているピアニストだったこともあり、ピアノを習得。最初はクラシックを学んでいたが、ジャズに興味を持つようになる。そしてバーやパブでジャズやボサノバを演奏することから音楽キャリアをスタートさせる。
1960年代初めからアルバムをリリースするなど活動を本格化、1970年代にはアメリカで活動をするようになる。
1976年「Brazilian Dorian Dream」をリリース。
1978年「Manifestations」(アメリカでのデビュー作)をリリース。以降もコンスタントにアルバムを制作。
1999年、フロリダ州タンパで死去(享年63歳)。
で、このアルバム「ブラジリアン・ドリアン・ドリーム」についてだが…
オリジナルは1976年に T&M Productions というレーベルからリリースされている。
T&M Productions はネットで調べても情報が無く、インディ・レーベルと言うよりはマンフレッド・フェスト自身のプライベート・レーベルの様だ。つまり自主制作アルバムということ。
で、この盤は Far Out Recordings というインディ・レーベルによる2020年の再発盤。
ということで、「盲目のブラジル人ピアニスト・キーボード奏者の自主制作アルバムのインディ・レーベルによる再発盤」というのがこの盤である。
まあ、そんなことを言われても、興味を惹かれる人はあまりいないだろう、と思う。
ところがこの盤、すごく良い。
ブラジリアン・フュージョンの名盤と呼べるほど、素晴らしく良い。
まずもって、曲が良い。
殆どの曲がマンフレッド・フェストのオリジナルなのだが、独特なメロディと複雑なコードながら覚えやすく、マスターピースと呼んでも差し支えないものが並んでいる。
個人的には"Brazilian Dorian Dream"、 "That's What She Says"、 "Braziliana No.1"がツボだ。
なお唯一のカバー曲は"Slaughter On Tenth Avenue"。リチャード・ロジャースによるミュージカル作品中の曲で、邦題は"10番街の殺人"。この様な曲を選曲するところにもセンスを感じる。
そして、サウンド・メイク、アレンジも良い。
ブラジルならではの多彩で躍動感溢れるリズム。
それに乗って展開されるシンセサイザーによるスペーシーなサウンド。
そして力強くも透明感のある女性ボイスのスキャット。
シンセサイザーのサウンドからアジムスに似ているが、女性ボイスのスキャットからはリターン・トゥ・フォーエバー(ECMのRTF1作目)も連想させる。
フュージョンというよりもクロスオーバーという言葉がぴったりとくるサウンドで、近未来的な感じもする。
ということで、この「ブラジリアン・ドリアン・ドリーム」は、ブラジリアン・フュージョンと言うか、ブラジリアン・クロスオーバーの傑作、隠れた名盤とも言うべきアルバムなのだ。
そんなアルバムなのだが、この盤はオリジナル盤では無く、Far Out Recordings というインディ・レーベルによる2020年の再発盤。
再発盤は、テープの劣化からか、気が抜けた様な音になっていることが時折ある。
では、この盤は音質的にどうなのか?
これが、音が良い。
リマスタリング、カッティングといった仕事が丁寧なのだろう。音が新鮮で、響きや空気感も申し分無い。
経験上、インディ・レーベルによる再発盤は良い音で鳴ることが多い。
この Far Out Recordings は Joe Davis というブラジル音楽の熱狂的な愛好家が1994年に立ち上げたイギリスのインディ・レーベル。
ブラジル・ミュージシャンのCDやレコードの新発と再発を行っており、Joyce、Marcos Valle、Azymuthなども取り扱っている。
このアルバムを良い音で再発したい、世に出したい、といったレーベル・オーナーの想いの強さが音の良さに繋がっているのかも知れない…
ということで、この盤、かなりの愛聴盤である。
(おまけ)
アルバム中で個人的に最も良いと思う曲は、タイトル・ナンバーである"Brazilian Dorian Dream"。
ジャケット裏面に"6/4拍子のドリアン・モード(ドリア旋法)による曲"との説明書きがある。
6/4拍子ながら躍動感溢れるリズム、シンセサイザーによるベースとスペーシーなサウンド、透明感のある女性ボイスのスキャット…
少し不思議な感じのメロディで、浮遊感のある曲だ。
ちなみにドリアン・モード(ドリア旋法)についてChatGPTに聞いてみると…
ドリアン・モードは西洋音楽の「教会旋法(モード)」のひとつ。自然短音階(エオリアン・モード)に似てるが、第6音が半音高いのが特徴。この違いによって、ドリアン・モードは短調ながら、明るさや独特の浮遊感を持つ響きを持っている。
音構成
・Cドリアンモードの場合:C, D, E♭, F, G, A, B♭, C
特徴・自然短音階(エオリアン・モード)の第6音が半音上がることで、短調特有の暗さが和らぎ、少し明るい雰囲気を持つ。
・民族音楽や中世の宗教音楽で広く使われている。
・ジャズ、ロック、ポップスなどの曲や即興演奏でもよく使用される。
ドリアン・モードを使った代表的な曲伝統的な例
• 中世・ルネサンス音楽では、グレゴリオ聖歌や宗教的なポリフォニーで頻繁に使われている。
ジャズ、ロック、ポップスなどにおける例
• マイルス・デイヴィス "So What":ジャズのモード奏法の代表例で、ほぼ全編がドリアン・モード(DドリアンとE♭ドリアン)で構成されている。
• ザ・ドアーズ "Riders on the Storm":主にドリアン・モードの響きが特徴的。
• スティング "Fragile":ドリアン・モードの心地よい雰囲気を活かした曲。
• ザ・ローリング・ストーンズ "Paint It Black":明確にドリアン・モードを使っている部分がある。
• サンタナ "Oye Como Va":ラテンロックの名曲で、ドリアン・モードの特徴的な音階が使われている。
・サイモン&ガーファンクル "Scarborough Fair":典型的なドリアン・モードの例で、短調と明るさを併せ持つ特徴が活かされている。
なるほど、この不思議な感じと浮遊感はドリアン・モードの特徴なのか…