スティーリー・ダンが続いている。
今まで採り上げたアルバムは以下の通り。
4thアルバム「Katy Lied:嘘つきケイティ」(1975年)
5thアルバム「The Royal Scam:幻想の摩天楼」(1976年)
6thアルバム「Aja:彩 (エイジャ) 」(1977年)
ベスト盤「Greatest Hits 1972-1978」(1978年)
日本独自編集盤「Steely Dan」(1978年)
となると、今回こそ「Gaucho」…
と思ったが、スティーリー・ダン絡みでこんな盤もあったので、今回の「レコード評議会」はこれにしよう。
Pete Christlieb Warne Marsh Quintet
US盤(1978年)
BSK 3236
SideA:BSK-1-3236-LW4• MASTERDISK ✲
SideB:BSK-2-3236-LW2• MASTERDISK RL ~ ✲




SideA
1. Magnatism
2. 317 E. 32nd
3. Rapunzel
SideB
1. Tenors Of The Time
2. Donna Lee
3. I'm Old Fashioned
何でこのアルバムがスティーリー・ダン絡み?と思われるだろう。
だが、クレジットを見ると、そういうことかと納得されるだろう。
Tenor Saxophone:Pete Christlieb, Warne Marsh
Piano:Lou Levy
Bass:Jim Hughart
Drums:Nick Ceroli
Arranger:Joe Roccisano(A1, 2, 3, B1)
Production Co-ordinator:Karen Stanley
Recording Engineer:Roger Nichols
Mixing Engineer:Elliot Scheiner
Mustering Engineer:Robert Ludwig
Producer:Walter Becker, Donald Fagen
何とこのアルバム、ウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲンがプロデューサーを務めているのだ。
そして、A面3曲目の"Rapunzel"はベッカーとフェイゲンが作った曲である。
他にもスティーリーダン人脈が見て取れる。
ロジャー・ニコルスは「Katy Lied」「The Royal Scam」「Aja」に名を連ねているレコーディング・エンジニア。「Katy Lied」では裏ジャケットに写真も掲載されている。
エリオット・シャイナーは「The Royal Scam」「Aja」に名を連ねているミキシング・エンジニア。
プロダクション・コーディネイターとしてクレジットされているカレン・スタンレーはベッカーのガールフレンド。なお、彼女は1980年「Gaucho」製作中にドラッグのオーバードースにより亡くなっている。
そして、本アルバムのフロントを務めるピート・クリストリーブは、「Aja」(1977年9月)収録の"Deacon Blues"、映画サントラ「FM」(1978年4月)収録の"FM (No Static at All)"でソロを吹いているテナーサックス奏者である。
本アルバムは、「Aja」と「FM」がリリースされた後の1978年5月から6月(5月17日〜21日、6月3日)にレコーディングされている。
つまり、"Deacon Blues"や"FM (No Static at All)"でのソロを気に入ったベッカーとフェイゲンが「ピート・クリストリーブをフロントに据えたアルバムを作ろう」と思い立った、ということなのだろう。
では、ベッカーとフェイゲンがプロデュースするアルバムとは、一体どんなものなのか?
これが、全くもってジャズである。
2人のテナーサックス奏者、ピート・クリストリーブとウォーン・マーシュをフロントに据えたジャズ・アルバムである。
ピート・クリストリーブ(1945年生まれ、当時33歳)は、スタジオ・ミュージシャンとしての活動も多いテナーサックス奏者。スティーリー・ダン以外の有名なところでは、ナタリー・コールとナット・キング・コールとのデュエット"Unforgettable"でのソロも彼の仕事である。
ウォーン・マーシュ(1927年生まれ、当時51歳)は、レニー・トスタリーノに師事したクール・ジャズ系のテナーサックス奏者。同氏やリー・コニッツとの活動などがよく知られている。
ベッカーとフェイゲンもなかなかシブいところを突いてきたな、という感じである。
テナーサックスの競演ものは、よくテナー・バトルと呼ばれる(デクスター・ゴードン&ワーデル・グレイ、ジーン・アモンズ&ソニー・スティットあたりが有名)。
なので、このアルバムもテナー・バトル盤と呼べるかも知れない。
だが、言葉の響きからハード・バップな音を想像すると、それは少し違う。
知的なクール・ジャズ、それをさらに洒落た雰囲気にした感じである。
各曲を簡単に説明すると…
気に入っている度合いで★を付ける。
A1. Magnatism ★★★★★
スタンダードの"Just Friend"をベースにしたクリストリーブのオリジナル。
雄弁で歯切れの良いクリストリーブとボソボソした口調ながら多弁なマーシュとの組み合わせが絶妙。
アレンジが変わっていて、後半はそれぞれにテナーがオーバーダブされてダブルトラックとなっている。ベッカーとフェイゲンのアイデアなのだろうか?
A2. 317 E. 32nd ★★★★
レニー・トスタリーノの曲。
マーシュのクールなアドリブがこの曲の聴きどころ。彼の独特なトーンとフレージングからか、何とも浮遊感がある。
クリストリーブも、この曲ではトスタリーノの弟子に敵わない。
A3. Rapunzel ★★★★★
ベッカーとフェイゲンによるオリジナル。
"Rapunzel"とはグリム童話の「ラプンツェル(髪長姫)」のことなのだろうか?
バド・パウエルの"Bouncing with Bud"を洒落た感じにしたナンバー。セロニアス・モンクっぽくもある。
フェイゲン曰く「多分この曲は最近のポピュラーソングをもとにした最初のビバップ・ナンバーだろう。その曲は"Land of Make Believe"だけど、バート・バカラックが作ってディオンヌ・ワーウィックが歌った曲のことで、チャック・マンジョーネの同名曲では無いよ」とのこと(裏ジャケットのライナーノートより)。
マーシュ、クリストリーブともにそれぞれの特性がありつつも、クールで洒落た感じの演奏になっている。
B1. Tenors Of The Time ★★★
本アルバムでアレンジャーも務めたジョー・ロッシサーノの曲。
アップテンポで、この手の曲ではクリストリーブに分がある。アルバム中最もテナー・バトルという言葉が似合うが、クールな疾走感といった感じ。
B2. Donna Lee ★★★★
チャーリー・パーカーによる有名なバップ・ナンバー。
テーマ部分はクリストリーブとマーシュが拍をずらして演奏している。なかなかに面白いアイデアである。これもベッカーとフェイゲンのアイデアなのだろうか?
B3. I'm Old Fashioned ★★★
ジェローム・カーンによるスタンダード・ナンバー。
この曲のみ、クリストリーブによるワンホーン・カルテット。アルバムの最後を締めくくるに相応しい。
こうして、じっくりと聴いてみると、なかなか良い。
プロデューサーもエンジニアもロック畑の人達が制作したジャズ・アルバムなのだが、良盤と言えるのではないだろうか。
ということで、スティーリー・ダン絡みのアルバムではあるのだが、純粋にジャズのアルバムとしても十分に楽しめる、結構お気に入りの盤である。
ちなみにタイトルの「Apogee」 とは天文学の用語で「遠地点」 を意味する言葉である。地球を周回する天体(例えば月や人工衛星)が軌道上で地球から最も遠く離れる地点を指す。
そこから転じて「絶頂」「最高潮」「最高点」 という意味でも使われる。
ベッカーとフェイゲン、なかなか洒落たタイトルを付けたものである。
(追記)
Instagramに"Rapunzel"の音源を貼ってみたので、よろしければ聴いてみてください。
https://www.instagram.com/p/DGdNNC1T_FQ/?utm_source=qr