「万国博覧会」に行ってきた。
但し、世間では「万国博覧会」は「大阪・関西万博」を指すのだろうが、私にとっては「ビートルズのレコード万国博覧会」ということで、B-SELS のことである。
世界各国のビートルズのレコードがずらりと並んだその様は正に「万国博覧会」。



つまり、またしてもB-SELSに行ってしまった、という訳だ。
前回訪問したのは4月だったので、1ヶ月ぶり。
ということで「レコード評議会」は今回から「B-SELSで買ったレコード」シリーズ:シーズン12となります。
ご店主「遠いところ、よくお越しくださいました」
私「こちらに用事がある時、B-SELSは外せません」
ご店主「レコード評議会、いつも楽しみにしています。お客さんとの間で話題になったり、記事を見てレコードを買われる方もいますよ」
私「それは恐縮です。そうそう、いつも日記にレコード評議会を採り上げていただいてありがとうございます」
ご店主「こちらこそレコード評議会にB-SELSを採り上げていただいてありがとうございます」
などといったご挨拶を経て、ビートルズ談義に入る。
私「そう言えば、ヘーゼル・ヤーウッドの件、あれって実際のところはどうなんでしょう?」
ご店主「マト5をカッティングしたのはヘーゼル・ヤーウッドだという話は割と最近になってから出てきたものなんです」
私「なるほど、そうなんですね。だからマーク・ルーイスンの本:レコーディング・セッションズにも名前が出て来なかったんですね」
ご店主「そうなんです。マト5なんて後からリカットした、ただのサードプレスでしょ、といった扱いでしたしね」
私「確かに、私もマト1=ラウドカット、マト4=通常盤、それ以降はただのリカット盤くらいに思っていました」
ご店主「それが最近になって、実はヘーゼル・ヤーウッドというEMIの女性エンジニアがカッティングしたものだということが分かり、しかも音がすごく良いではないか、となって海外の一部で脚光を浴びる様になって来たんです」
私「ご店主が日記で書いていらした様に"美しく力強い音"ですよね。ヘーゼル・ヤーウッドはクラシックを中心に仕事をしていたベテランのエンジニアとのことですが、それが音にも反映されているんでしょうかね」
ご店主「そうなのでしょうね。で、最近では状態の良いマト5は10万円で取引されたりもしているんですよ」
私「マジですか、それはすごい」
ご店主「改めて聴いてみると、マト5ってすごく良い音ではないか、ということで、どんどん人気が上がって来ているんです。私も好きな音です」
私「私も一番好きな音かも知れません。それにしてもマトがどうだとか、音がどうだとか、当初リリースから60年も経っているのに、こんなにあれこれ言うのはビートルズならではですよね。うーむ、まだまだ勉強することがあるなぁ」
私「ところで、マト5のみならず、マト4もヘーゼル・ヤーウッドがカッティングしたというネット記事もありますね」
ご店主「ありますね。でも私はヘーゼル・ヤーウッドがカッティングしたのはマト5だけだと思うんです」
私「そうなんですか」
ご店主「実際にレコードを聴くと、マト1とマト4は基本的な音の傾向は同じに感じます。あくまでもマト4はマト1の音量・音圧を抑えたもの、といった感じです。それに比べて、マト5は明らかに音の傾向が違う」
私「ということは…」
ご店主「マト1とマト4はハリー・モスがカッティングしたもの。マト5だけは違う人、つまりヘーゼル・ヤーウッドがカッティングしたもの、なのではないかと」
私「あぁ、なるほどですね」
ご店主「以前からマト5だけ音の傾向が違うなぁ、と思っていたら、カッティングしていたのはヘーゼル・ヤーウッドだったということが海外で言われる様になって、私も合点がいったんです」
私「そうかぁ、勉強になります」
私「いやぁ、実はですね、マト1とマト5は持っていても、通常盤のマト4は持っていないんですよ」
ご店主「そうなんですね」
私「こうなると、音の違いを知るためにもマト4を聴かないことには始まりませんね」
ということで、レコード棚を見に行くと、マト4がいくつか並んでいた。
もちろんUK盤もあったが、こんなポップが書かれた盤が置かれていた。
超レア!イスラエル・モノ
Super Rare! Israel orig. 1965 UK Mother!!
全体にキズ多。時々ノイズを伴うも、さすがはイスラエル盤で音自体は素晴らしいものがあります
ぜひ試聴を!
Rubber Soul
イスラエル盤(1965年)モノラル
Parlophone
PMC 1267
SideA:XEX 579-4 (LN)
SideB:XEX 580-4 (LN)




「ラバー・ソウル」イスラエル・モノラル盤。UKマザーのマト4。
私「マト4、UK盤のみならず、イスラエル盤も置いてあるんですね。試聴よろしいですか」
ご店主「どうぞどうぞ、聴いてください」
マト4のUK盤をA面を少しだけ聴かせていただくと、盤がとても綺麗なこともあって良い音で鳴る。
マト1=ラウドカットの様に押し出しの強い音では無いが、かえって聴きやすい音と言えるのかも知れない。
そうか、マト4はこんな感じなのか。なかなかに良いではないか。
私「マト4、良いじゃないですか」
ご店主「マト1の影に隠れてしまっているかも知れませんが、マト4も良いんですよ。そう言えば、A面マト1/B面マト4、A面マト4/B面マト1といった盤もありますよ」
私「そんなのがあるんですか」
などと言ったビートルズ談義もありつつ、お目当てのUKマザー マト4のイスラエル盤はと言うと…
ご店主が"Drive My Car"に針を下すと、キレのあるギター、跳ねる様なベース、躍動感のあるドラムがスピーカーから飛び出して来た。
続く"Norwegian Wood"の綺麗に響くシタール、"You Won't See Me"の歌う様なベース、"Nowhere Man"の重厚なコーラス…、そして"Michelle"は歪まない。
ポップの「さすがはイスラエル盤で音自体は素晴らしいものがあります」の通り、素晴らしい音ではないか。
UKマザーということで音の傾向はUK盤と当然同じなのだが、響きがやっぱり違う。
ベースの音量は大きくは無いものの、イスラエル盤の特徴なのか、跳ねる様に鳴っていて気持ち良い。
私「いやぁ、良い音です。イスラエル盤はベースの鳴りが良いイメージがありますけど、期待通り跳ねる様に鳴りますね。ビニールの材質のせいなのでしょうかね」
ご店主「プレスの違いもあるのでしょうね。それにイスラエル盤ということで、プレス枚数も少ないでしょうから鮮度も高いですしね」
私「ホントですね。素晴らしい音ですよ」
ご店主「ちなみにUKマザーの各国盤は基本的にマト1=ラウドカットなんです。で、イスラエル盤とノルウェー盤だけマト4なんです(後日ご店主よりペルーもマト4、また辺境盤マニアの超常連さんよりウルグアイもマト4との情報をいただきました)」
私「何と、そうだったんですか。UKマザーの各国盤の中ではマト4自体が珍しいんですね」
ご店主「そうなんです。で、イスラエル盤はなかなか手に入らないんですよ」
私「音も良いし、マト4だし、超レアだし、これは買いです」
ご店主「毎度ありがとうございます」
これで、マト1はオランダ盤、マト4はイスラエル盤、マト5はUK盤ということで、直球と変化球を織り交ぜつつ、揃うこととなった。
家に帰ってから聴き比べてみよう。
と、ここで目に入って来たのがレコード棚に並んでいるマト5のUK盤。さすがB-SELS、レアとされるマト5も普通に置いてあるのか。
そうとなれば…
私「これ、少しだけ聴かせて貰っても良いですか」
ご店主「おぉ、マト5ですね。聴いてみてください」
で、"Drive My Car"と"Norwegian Wood"を聴かせていただいたところ、これが吃驚!
私「マト4とマト5、音の傾向が全く違う!これは全く違いますよ。別物です」
ご店主「そうなんですよ。違いますでしょ。なので、マト5だけは別の人がカッティングしていると思ったんです」
私「マト5の方が音像がスッキリとしている印象です。明らかに違う音ですね。いやぁ、これは吃驚です」
ご店主「なので、マト1とマト4はいつも通りハリー・モス、マト5だけがヘーゼル・ヤーウッドのカッティングなのかなと。で、おそらくマト5は1966年になってからカッティングされたものだと思うんですよ」
私「なるほどですね。これは実際にレコードを聴かなければ分かりませんねぇ。これは大変勉強になりました。ありがとうございます」
私「それにしても、レコードは聴かないことには分からないですね。マト1がラウドカットということで人気がありますけど、マト4もマト5もちゃんと聴いたらそれぞれ良いですものね」
ご店主「そう、これって『アナログ・ミステリー・ツアー』の功罪なのかも知れません」
私「ん、どういうことですか?」
ご店主「マトの研究が進んだのは『アナログ・ミステリー・ツアー』のおかげでしょう。その意味で貢献はとても大きいと思います。ただ、このマトが良いとされたもの以外に目が向かなくなってしまったという罪なところもあるのかも知れませんね」
私「あぁ、なるほどですね。やっぱりちゃんと聴かないといけないということですね」
ということで、家に帰ってから、改めてちゃんと聴き比べてみた。結果はこんな感じだ。
マト1=オランダ盤
ラウドカットということで、音圧が高く、押し出しが強い。音の壁がこちらをぐっと押して来る感じで、迫力は間違い無く一番ある。好きな人には堪らない音だろう。最もロックっぽい音。但し"Michelle"は歪む。
マト4=イスラエル盤
B-SELSのご店主が仰っていた通り、マト1の音量・音圧を抑えめにした感じ。それがかえってマト1より聴きやすいという人も多いだろう。ただ、大人しい音という訳では無く、マト5と比べるとこちらの方がロックっぽい音。
マト5=UK盤
マト1・マト4に比べて音像がスッキリとしている。その一方で、ベースも確りと効いている。B-SELSのご店主が日記に書いていた通り、ステレオのクリアさとモノラルの迫力を兼ね備えたような、美しく力強い音。オーディオ的には最もバランスの取れた良い音。
ロックっぽさでは、①マト1、②マト4、③マト5
オーディオ的には、①マト5、②マト4、③マト1
…といったところだろうか。
それぞれに良さがあり、これはもう好みの問題であろう。
さてここで、以前の記事(Rubber Soul / The Beatles【UK盤(モノラル/マト5)】)で書いた推測は誤りであるため、修正を加えなければならない。
実際の経緯
1965年11月17日、ハリー・モスはモノラルのカッティングを行った。これがマト1(ラウドカット)。
なお、ステレオのカッティングは11月23日。
ところが、EMIのプレス工場からクレーム(ラウドにカッティングし過ぎて針跳びの恐れがある)が入った。
このため11月19日、ハリー・モスはリカットに取り組んだ。マト2とマト3のボツを経て、完成したのがマト4(通常盤)。
なお、UKマザーを採用する各国(オランダ、デンマーク、オーストラリアなど)にはマト1が送られた。
但し、タイミングが遅れたイスラエル、ノルウェー、ペルー、ウルグアイにはマト4が送られた。
12月3日、イギリスでアルバムがリリース。マト4/4=通常盤を中心としつつ、マト1/1=ラウドカットも混在するかたちで流通した。中にはA面マト1/B面マト4、A面マト4/B面マト1といったハイブリッド盤もあった。
イギリスでのアルバム・セールスは好調で、マト4のマザーやスタンパーが大量に作られ、どんどんプレスされていった。
そこで、メタルマスターやメタルマザーの劣化に備え、1966年に入ってリカットすることとなった。
この際、カッティングはヘーゼル・ヤーウッドが手掛けることとなった。
ただ、大量に作られたマト4の盤に比べてマト5の盤は圧倒的に少なく、結果マト5はレア盤となった。
以上、実際の経緯はこんな感じだったのだろう。
ただ、いつも通りハリー・モスでは無く、ヘーゼル・ヤーウッドがカッティングすることになったのは何故か? この点はよく分からない。
そこでネットであれこれ調べてみたら、こんなものを見つけた。
EMI アビイ・ロード・スタジオ内での業務連絡メモの様だ。
殴り書きなのでスペルが読み取り難いところもあるし、業界用語として何を意味しているのか分からないところもあるが、マト5のリカットの経緯が伺えるものだ。
28 - 1 - 66(1966年1月28日)
Miss Yarwood
- Miss Yarwood/ヘーゼル・ヤーウッド宛の業務連絡
- もとの宛先は Mr. M・・s だったものを、別の人(筆跡が違う)が宛先を Miss Yarwood に修正している
- もとの宛先 Mr. M・・s は誰なのか?(Mr. Moss/ハリー・モスであれば面白いが、読み取り難い)
Room 14
- EMI アビイ・ロード・スタジオの部屋のことと思われる
- もとは Room 8 だったものを別の人が修正している
Please retransfer XEX 579 / 580
- XEX 579 / 580(ラバー・ソウルの品番)を retransfer してください
- retransfer を直訳すると再移転/再転送だが、何を意味しているのか? マスターテープからコピーしてリカット用のテープを作ることか? リカットのことか? 広い意味で再作成のことか?
28.1.66(1966年1月28日)
HM
- Harry Moss/ハリー・モスのことか?
ne・t subs 5
- neet に見えるがこれでは意味が通じない、next にも見える
- next subs 5 であるとすれば、次のサブ/代わりは5 とは何を意味しているのか? 次はマト5になる、という意味か?
4’s – Customers complaint –
- 4番目のもの – 顧客からの苦情/クレーム –
- マト4は顧客(プレス工場?)からの苦情/クレームがあったためにリカットしたもの、ということを指しているのか?
retransfer as per memos
- メモの通りに retransfer してください
- 4’s – Customers complaint – retransfer as per memos とは、苦情/クレームがあったためにリカットしたマト4と同じになる様にメモの通りに再作成してください、という意味か?
Rubber Soul(ラバー・ソウル)
Quality, level, groove width etc. as La・・ 4s.
- この文章も別の人が追記している
- La・・ 4s は Last 4s だろうか?
- Last 4s であるとすれば、音質、音量、溝幅などは直近のマト4と同様にしてください、という意味か?
Last cut 23/11/65
- 直近のカッティングは1965年11月23日
- 11月23日はステレオのカッティング日であり、モノラルのマト4は11月19日なのだが、単に直近のカッティング日を書いただけなのか?
- 正しくは "Last mono cut 19/11/65" とすべきところを誤記入したのか?
Pressing herewith
- この方法で/この様にプレスしてください
- Last cut 23/11/65 Pressing herewith とは、直近にカッティングした盤(モノラル/マト4)と同じ様にプレスしてください、という意味か?
これだけでは真相は分からないが、こんなことが伺える。
① 1966年1月の段階でヘーゼル・ヤーウッドがマト5のカッティングに関与していること
② 当初は別の人(いつも通りハリー・モス?)がマト5のカッティングをする予定だったが変更になったこと
③ マト1での苦情/クレーム、それを踏まえてリカットされたマト4をかなり意識していること
そこで、ついついこんなことを想像してしまった。
1966年1月、EMIはマト5をリカットするに際して、いつも通りハリー・モスに声を掛けた。彼は当然に了承し、1月28日にEMI アビイ・ロード・スタジオの8号室に向かった。
そこでハリー・モスはスタッフから業務連絡メモを渡されたのだが、そこには「苦情/クレームがあったためにリカットしたマト4と同じになる様にメモの通りに再作成してください」と書かれていた。彼は「マト1でのプレス工場からのクレームのことをまだ言うのか」と腹を立て、今回のリカットは遠慮させてもらう、と出て行ってしまった。
事態の報告を受けた上級スタッフは、こうなっては仕方がないと、ベテラン・エンジニアのヘーゼル・ヤーウッドにお願いすることとした。彼女は快く引き受けた。
上級スタッフは業務連絡メモの宛先をヘーゼル・ヤーウッドに、部屋も14号室に修正し、留意点として「音質、音量、溝幅などは直近のマト4と同様にしてください」と追記して彼女に渡した。
こうしてマト5はヘーゼル・ヤーウッドが手掛けることとなった。
どうだろう?
なんだかそれっぽい感じではないだろうか?
まぁ、勝手な憶測である。
ん? 途中からマト4のイスラエル盤では無く、マト5の話になってしまった…
(追記)
B-SELSの日記に紹介され、またご店主より過分な評価をいただきました。恐縮しております。ありがとうございます。これからも勉強に努める所存です。
また、その日記の中でマト4について追加情報をいただきました。
『RUBBER SOUL』各国盤のUKマザー・マト4盤について、ペルー盤を忘れていました!B-SELSにももちろんあります。
情報ありがとうございます。
ペルー盤もマト4とのことですので、上記の内容に加筆させていただきました。
って、ペルー盤も普通に置いてあるのか、B-SELSは!
どうなっているんでしょう?
やっぱりB-SELSは「万国博覧会:ビートルズのレコード万国博覧会」です。
(追記)
B-SELSの辺境盤マニアの超常連さんよりマト4について追加情報をいただきました。
ちなみにウルグアイ盤もマト4です
しかしマト5とは新たな沼がぁ(@_@;)
情報ありがとうございます。
ウルグアイ盤もマト4とのことですので、上記の内容に加筆させていただきました。
さすが辺境盤マニア(笑)です。
私もその境地に少しでも近づきたいと思います。
あ、マト5は Strongly Recommend です。