前回の「レコード評議会」では、ブロウ・モンキーズの2ndアルバム「アニマル・マジック」を採り上げた。
そんな訳で、「大学時代には3rdアルバムもよく聴いたよな」と思いつつ、偶々寄った中古レコ屋で「B」のコーナーを覗いてみると、ありました。
The Blow Monkeys
She Was Only A Grocer's Daughter
UK盤 (EU盤)(1987年)
PL 71245
SideA:Sex with Paula BA-7365 A-3 Ⅳ 020
SideB:Sex with China B-7365 B-6 020






SideA
1. It Doesn't Have To Be This Way
2. Some Kind Of Wonderful
3. Out With Her
4. How Long Can A Bad Thing Last
5. Man At The End Of His Tether
6. Rise Above
SideB
1. The Day After You
2. Checking Out
3. Don't Give It Up
4. Cash
5. Beautiful Child
ブロウ・モンキーズの1987年アルバム「 オンリー・ア・グローサーズ・ドーター」。
UKアルバムチャート20位とイギリスではヒットしたものの、USビルボードチャート134位とアメリカでは前作ほどにはヒットしなかったアルバムである。
では、シングル・カットされた曲はと言うと…
シングル・リリース
It Doesn't Have To Be This Way (シングルチャートUK5位)
Out With Her (シングルチャートUK30位)
(Celebrate) The Day After You (シングルチャートUK52位)
Some Kind of Wonderful (シングルチャートUK67位)
イギリスでは"It Doesn't Have To Be This Way"がチャート5位などヒットしたが、アメリカではチャートインすらしていない。
つまり、前作「アニマル・マジック」はイギリス・アメリカともにヒットしたが、この「オンリー・ア・グローサーズ・ドーター」はイギリスでしかヒットしなかったということだ。
内容が今一つなのかと言うと、その様なことは無く、軽快なカッティング・ギターから始まる"It Doesn't Have To Be This Way"、カーティス・メイフィールドと共演している"The Day After You"など、ブルー・アイド・ソウル感が満載の良盤である。
にも関わらず、何故アメリカではヒットしなかったのだろうか…
おそらくこのアルバムがあまりに政治的だったため、アメリカでは今一つ受け入れられなかったのだろう。
イギリスの当時政権であるサッチャー政権(1979年〜1990年) への批判が満載なのである。
英国病と呼ばれた経済停滞が続く中、1979年にサッチャーを党首とする保守党が労働党から政権を奪取。鉄の女(Iron Lady) と呼ばれた彼女の下、新自由主義による経済の建て直しを図った。具体的には、電気・ガス・水道・通信・鉄道などの民営化と規制緩和を断行。改革の障害となっていた労働組合の弱体化(ストライキの制限など) を図った。また所得税・法人税を引き下る一方、付加価値税(消費税) の引き上げを行った。
その結果、都市部を中心に景気は回復したが、その一方で失業率の上昇(1979年に約5%だった失業率は1983年に11%を突破した) や貧富の差が拡大。労働者層には不満が高まっていった。
その様な状況下でリリースされたのが、この「オンリー・ア・グローサーズ・ドーター」。
明らかにサッチャー政権への批判を歌っている曲がA面とB面の冒頭に置かれている。
A1. It Doesn't Have To Be This Way
「こうである必要は無い」、翻って言えば「あなたは何かを変えることが出来る」という意味。
「サッチャー政権の政策に不満があるなら変えれば良い、政権を変えよう」と歌っている訳だ。
B1. The Day After You
シングルでは"(Celebrate) The Day After You"と表記されている曲で、直訳すると「あなたの後の日を祝おう」。
「サッチャーが退陣する日をお祝いしよう」と歌っているのだ。
さすがにこれは直接的で問題だとして、BBCでは放送禁止となった。
そして極め付けはアルバム・タイトルで、「She Was Only A Grocer's Daughter」を直訳すると「彼女はただの食料雑貨店の娘だ」。
これはサッチャーのことを揶揄しているのだ。サッチャーは首相だけど、生まれはただの食糧雑貨店の娘じゃないか、と。

曲と言い、アルバム・タイトルと言い、こうも政治的だとアメリカではプロモーションが難しかったに違いない。他国の政権を批判することになるからだ。ラジオ局や販売店も積極的に紹介し難かっただろう。
アメリカで今一つ受け入れられなかったのは、そんな理由が大きかったのだと思う。
逆にイギリスにおいては、保守党支持者にとっては不愉快極まり無いアルバムである一方、労働党支持者にはウケたのであろう、それがUKアルバムチャート20位というヒットに繋がった訳だ。
それにしても「She Was Only A Grocer's Daughter」とはあまりにも過激な表現だ。
実際にサッチャーの父親は食料雑貨店を営んでいたのだが、人の出自を揶揄することは差別的であり、今であればアウトだし、いや当時でもアウトな表現では?と思ってしまう。
だが、調べてみると、"She was only a ○○’s daughter, but she …"というのはイギリスの古典的なジョーク、言い回しなのだと言う。
前半で何気ない職業や役割を提示し、後半で風刺や皮肉、お下劣なオチを付けるという形式で、例を挙げると以下の通り。
She was only a politician’s daughter, but she knew how to promise and withdraw.(彼女は政治家の娘に過ぎなかったが、約束をしたり取り下げたりする方法を知っていた:公約を出したり引っ込めたりする政治家に対する皮肉)
She was only a taxman’s daughter, but she knew all the loopholes.(彼女は税務署員の娘に過ぎなかったが、全ての抜け穴を知っていた:裏ワザで脱税をする税務署員に対する皮肉)
She was only a clergyman’s daughter, but she knew how to raise the spirits.(彼女は聖職者の娘に過ぎなかったが、気分を高める方法を知っていた/霊を呼び出す方法を知っていた:聖職者に相応しくない行為のダブル・ミーニング)
She was only a tailor’s daughter, but she knew how to work a zip.(彼女は洋服屋の娘に過ぎなかったが、ファスナーの扱い方を知っていた:服を脱がす方法を知っていたというお下劣なオチ)
このイギリスの古典的な言い回しに倣って付けられたタイトルが「She Was Only A Grocer's Daughter」なのである。
つまり「食料雑貨店の娘という労働者層出身なのに、首相となって、しかも労働党ではなく保守党の首相となって労働者を苦しめている」と皮肉っている訳だ。
例えば、"but she…"以下の文章でこんな言い回しが出来るだろう。
She was only a grocer's daughter, but she turned High Street into Downing Street.(彼女は食料雑貨店の娘に過ぎなかったが、繁華街をダウニング街=首相官邸に変えた:労働者層出身のに労働党ではなく保守党の首相になった)
She was only a grocer's daughter, but she gave discounts to the rich and the bill to the rest.(彼女は食料雑貨店の娘に過ぎなかったが、金持ちには割引をして、それ以外の人に請求した:減税で富裕層に恩恵を与えた一方、付加価値税で労働者層は苦しむことになり、貧富の差が拡大した)
そんな文脈で捉えてみると、人の出自を揶揄する差別的なものというより、皮肉の効いた、イギリスらしいウィットに富んだ表現と言える。
などと思いながら、このアルバムを聴くのも面白いものである。

(おまけ)
そう言えば、1986年・1987年・1989年と3回にわたってブロウ・モンキーズは来日しているのだが、1987年来日時の日本武道館でのライヴに友人と行った。
その際にクール&ザ・ギャングの"Celebration"をカバーしていたのだが、これって"(Celebrate) The Day After You"に掛けていたのかも知れないな、と今になって思った。