すっかり80年代イギリスとなってしまったここ最近。
となると、避けて通れないのがこのバンド、ザ・スミス。
ということで、今回の「レコード評議会」は、正にモリッシーな表現とも言うべき「帽子いっぱいの空虚」「溢れんばかりの虚しさ」といった意味のタイトルを冠するこのアルバムを議題に採り上げよう。
Hatful Of Hollow
UK盤(1984年)
Rough Trade
ROUGH 76
SideA:ROUGH 76 A1 THE IMPOTENCE OF ERNEST F
SideB:ROUGH・76 B3 Ian [EIRE] D







1984年11月リリースの「Hatful Of Hollow:ハットフル・オブ・ホロウ」。
SideA
1. William, It Was Really Nothing (S-3)
2. What Difference Does It Make? (JP-1)
3. These Things Take Time (DJ-1)
4. This Charming Man (JP-2)
5. How Soon Is Now? (S-3)
6. Handsome Devil (JP-1)
7. Hand In Glove (S-1)
8. Still Ill (JP-2)
SideB
1. Heaven Knows I'm Miserable Now (S-2)
2. This Night Has Opened My Eyes (JP-2)
3. You've Got Everything Now (DJ-1)
4. Accept Yourself (DJ-2)
5. Girl Afraid (S-2)
6. Back To The Old House (JP-2)
7. Reel Around The Fountain (JP-1)
8. Please Please Please Let Me Get What I Want (S-3)
S-1
1stシングル:1983年2月録音 / 5月発売
"Hand In Glove"(A面)
録音日:1983年2月27日
発売日:1983年5月13日
B面は"Handsome Devil"、ファクトリー・レコード(Factory Records)がマンチェスターで経営していたクラブ"ハシエンダ(Hacienda)"での1983年2月4日のライヴ
JP-1
John Peel Show:1983年5月録音 / 同月放送
(BBCラジオ番組用の音源、John Peel Session)
"What Difference Does It Make?"
"Handsome Devil"
"Reel Around The Fountain"
録音日:1983年5月18日
放送日:1983年5月31日(または6月1日)
"Miserable Lie"も録音、放送
DJ-1
David Jensen Show:1983年6月録音 / 7月放送
(BBCラジオ番組用の音源、David Jensen Session)
"These Things Take Time"
"You've Got Everything Now"
録音日:1983年6月26日
放送日:1983年7月4日
"Wonderful Woman"も録音、放送
DJ-2
David Jensen Show:1983年8月録音 / 9月放送
"Accept Yourself"
録音日:1983年8月25日
放送日:1983年9月5日
"I Don't Owe You Anything"、 "Pretty Girls Make Graves"、 "Reel Around the Fountain"も録音、放送
JP-2
John Peel Show:1983年9月録音 / 同月放送
"This Charming Man"
"Still Ill"
"The Night Has Opened My Eyes"
"Back To The Old House"
録音日:1983年9月14日
放送日:1983年9月21日
2ndシングル:1983年10月録音 / 同月発売
"This Charming Man" (A面)
"Jeane" (B面)
"Accept Yourself" (12inchB面)
"Wonderful Woman" (12inchB面)
録音日:1983年10月
発売日:1983年10月31日
3rdシングル:1983年10月録音 / 1984年1月発売
"What Difference Does It Make?" (A面)
"Back To The Old House" (B面)
"These Things Take Time" (12inchB面)
録音日:1983年10月
発売日:1984年1月16日
1stアルバム「The Smiths」:1983年9月〜11月録音 / 1984年2月発売
"Reel Around the Fountain"
"You've Got Everything Now"
"Miserable Lie"
"Pretty Girls Make Graves"
"The Hand That Rocks the Cradle"
"Still Ill"
"Hand in Glove"(アルバム用にリミックスされたバージョン)
"What Difference Does It Make?"
"I Don't Owe You Anything"
"Suffer Little Children"
録音日:1983年9月〜11月
S-2
4thシングル:1984年3月録音 / 5月発売
"Heaven Knows I'm Miserable Now"(A面)
"Girl Afraid"(12inchB面)
録音日:1984年3月
発売日:1984年5月21日
S-3
5thシングル:1984年7月録音 / 8月発売
"William, It Was Really Nothing"(A面)
"Please Please Please Let Me Get What I Want"(B面)
"How Soon Is Now?"(12inchB面)
録音日:1984年7月
アルバム「Hatful Of Hollow」:1984年11月発売
発売日:1984年11月2日
いきなり長々と書き連ねてしまったが、本アルバムの収録曲を軸に、デビュー以降の録音、レコード発売、ラジオ放送について時系列で並べたものである。
ということで、ここから分かったこと、気が付いたことなどを書いてみよう
1. アルバムの位置付けについて
本アルバムはシングルを集めたコンピレーション盤と思っていた。だが、そうでは無かった。
BBCラジオ番組であるJohn Peel Show音源(John Peel Session)7曲、David Jensen Show音源(David Jensen Session)3曲に、シングルA面B面の6曲を加えたコンピレーション盤である。
そもそもジャケットに貼ってあるステッカーには、この様に書かれている。

ROUGH 76
16 TRACKS INCLUDING
1983 JOHN PEEL + DAVID JENSEN
SHOW SESSIONS, PLUS THE HIT SINGLES
"HEAVEN KNOWS I'M MISERABLE NOW"
"WILLIAM, IT WAS REALLY NOTHING"
MAXIMUM R.R.P. £3.99
ところで「MAXIMUM R.R.P.(Recommended Retail Price) £3.99:希望小売価格は最大3.99ポンド」とある。イギリスでは当時1,200〜1,300円で売られていた訳だ(3.99ポンド × 1984年の年間平均レート316.7円 = 1,264円)。安いな…
2. John Peel Session、David Jensen Sessionでの録音方法について
John Peel Session、David Jensen SessionはMaida ValeというBBCのスタジオで行われているが、一発録りのスタジオ・ライヴなのかと思っていた。だが、そうでは無かった。
"Still Ill"でのハーモニカはジョニー・マーによるオーバーダビングである。
"This Charming Man"では明らかにギターが重ねられており、これもジョニー・マーによるオーバーダビングである。
"What Difference Does It Make?"や"This Night Has Opened My Eyes"などでもギターが重なっている様に聴こえる。
効果音が無く、エフェクトもあまり掛かっていないため、ライヴ感は確かにある。だが、いくつかの曲ではハーモニカやギターなどがオーバーダビングされている。
ボーカルもドラム・ベース・ギターのベーシックトラックを録音した後に重ねられているのかも知れない。
3. John Peel Show、David Jensen Showでの放送時期について
John Peel Session、David Jensen Sessionは既発のシングルやアルバムの収録曲を演奏したもので、それをラジオ番組で放送していると思っていた。だが、そうでは無かった。
"Handsome Devil"(ライヴ)を除く全ての曲が、レコード発売前に、ラジオ番組用に録音の上、放送されたものである。
ザ・スミスの所属するラフ・トレード(Rough Trade)はインディーズ・レーベルである。
大手と違ってセールス・プロモーション力が弱いため、まずラジオで放送して話題作りをしてからレコードを発売するという戦略だったのだろうか?
それとも資金面が潤沢でないため、ラジオ番組の反応をみてからレコード制作を検討する(反応がイマイチの場合は制作しない)ということだったのだろうか?
そこで当時の事情を知るべく、それぞれのラジオ番組について調べてみたところ…
放送局:BBC Radio 1
放送期間:1967年〜2004年迄ほぼ継続
司会 / DJ:John Peel(1939年〜2004年)
番組内容:新しい音楽や未発掘バンドの紹介を積極的に行った。番組最大の目玉はPeel Session。若手や注目バンドにセッション録音を依頼し、ラジオで独占放送。2,000を超えるアーティストが出演、4,000以上のセッションが行なわれた(初期のLed Zeppelin, Queen, King Crimson, Yesなども出演。パンク、ニュー・ウェイヴ系ではThe Jam, XTC, Police, Joy Division, New Orderなどが出演)。その影響力は大きく、レコードデビュー前に全国で知られる切っ掛けを作ったケースも多数あったという。
David Jensen Show(デヴィッド・ジェンセン・ショウ)
放送局:BBC Radio 1
放送期間:1976年〜1984年頃が中心
司会 / DJ:David "Kid" Jensen(1950年〜)
番組内容:新譜紹介やチャートに現れる前のバンドを積極的に取り上げた。John Peel Showよりはややポップ寄りの傾向。Peelほどの影響力は無いが、バンドにセッション録音を依頼し、ラジオで放送することで、いち早く新しい音楽を届けるという点では近しい役割を持っていた。
なるほど、まだ1stシングルしか出していないザ・スミスだったが、John PeelとDavid Jensenのお眼鏡に適い、それがその後の成功に繋がった、そしてラフ・トレードを経済的にも支えることとなった、という訳か…

最後に、デッドワックスに刻まれたこの部分について触れておこう。
ザ・スミスのレコードには、アルバムにもシングルにもデッドワックスに謎なフレーズが刻まれている。モリッシーの意向によるものなのだろうが、これが意味深なのだ。
SideA:ROUGH 76 A1 THE IMPOTENCE OF ERNEST F
SideB:ROUGH・76 B3 Ian [EIRE] D
Wikipediaにこの様に記載されている。
"THE IMPOTENCE OF ERNEST" is etched into the runout groove of side A. As well as being a pun on Oscar Wilde's The Importance of Being Earnest, it is an allusion to the impotence that Ernest Hemingway suffered in his final years.
"THE IMPOTENCE OF ERNEST:アーネストのインポテンス(性的不能)"とA面のランアウト(デッドワックス)に刻まれている。
これはオスカー・ワイルドの喜劇"The Importance of Being Earnest:真面目が肝心"を掛けたものであると同時に、アーネスト・ヘミングウェイが晩年に苦しんでいた性的不能を暗示している。
"Ian (EIRE)", etched on side B, refers to Marr's younger brother.
"Ian (EIRE)"とB面に刻まれている。
これはジョニー・マーの弟のことを指している。
"THE IMPOTENCE OF ERNEST"
"アーネストのインポテンス"って何のこと?と思っていたのだが、オスカー・ワイルドの喜劇"The Importance of Being Earnest:真面目が肝心"を掛けた言葉遊び、モリッシーによるジョークだった訳だ。
"Ernest"(人の名前)というのはこの喜劇作品中に登場する人物(架空の人物)の名前で、発音は"Earnest"(真面目な、誠実な)と同じ。
そこで、"Earnest"を"Ernest"に、"Importance"(インポータンス、 重要なこと)を語感の似ている"Impotence"(インポテンツス)に置き換えて、"The Impotence of Ernest"としたのだろう(Beingは余分なので削除)。
The Importance of Being Earnest:真面目でいることが重要だ
The Importance of Being Ernest:アーネストでいることが重要だ
The Impotence of Ernest:アーネストのインポテンス
オスカー・ワイルドは、モリッシーは心酔していたアイルランド出身の詩人・作家。その彼の代表作を使ったジョークとは、何ともモリッシーな表現である。
なお、このフレーズはシングル"William, It Was Really Nothing"でもデッドワックスに刻まれている。よっぽど気に入った表現だったのだろう。
一方で、Wikipediaには 「アーネスト(Ernest)・ヘミングウェイが晩年に苦しんでいた性的不能を暗示している」 とあるが、モリッシーがヘミングウェイに興味を持っていたという情報は見当たらない。つまりただの"Ernest"からの連想であり、そんなことをモリッシーは考えていなかったのではないかと思う。
"Ian (EIRE)"
ジョニー・マーの弟は"Ian"(イアン)という名前なのか、とネットで調べてみたらその通りだった。
そして、"EIRE"はアイルランドを指す言葉。これはマー兄弟の両親がアイルランド系の移民であることに由来しているのだろう。
では、何故この様なフレーズを思いついたのだろう?と思い、当時のアイルランドとイギリスに関連した出来事を調べてみたら、この様な大事件があった。
アイルランドとイギリスとの間には、カトリックとプロテスタントといった宗教に起因する北アイルランド問題があった。北アイルランドの領有を巡るアイルランドとイギリスの領土問題、地域紛争のことである。
1998年に和平合意(ベルファスト合意)がなされて一応の収束となるのだが、1970年代・1980年代にはIRA(アイルランド共和軍:アイルランド独立運動の武装組織)による激しいテロ行為が頻発していた。
1980年代当時、イギリスの首相サッチャーは「テロリストとは話をしない」とIRAに対して一切の歩み寄りを拒否し、厳しい姿勢で臨んでいた。
その様な中、1984年10月12日、IRAがサッチャーを狙って滞在中のブライトンのホテルを爆破、サッチャーは危うく難を逃れたものの、5人が死亡するという事件が起こった。
…ということは、恐らくこういうことだったのではなかろうか?
1984年10月12日、IRAによるサッチャー首相暗殺未遂事件が発生した。
その事件を受けて、反サッチャーで、アイルランド系移民の子であるモリッシーはとっさに思った。この事件を想起させる曲をリリース出来ないか、と。
だが、あまりの大事件にさすがのモリッシーもそれは難しいと思い直し、それならば10月下旬に行われるレコード・カッティングに際してアイルランドを想起させるフレーズを溝に刻めないか、と考えた。
そこで"Morrissey (EIRE)"や"Johnny Marr (EIRE)"というフレーズを思い付いたが、ザ・スミスのメンバーがアイルランドを応援していると伺わせる表現にレコード会社から許可が降りず、ジョニー・マーの弟であるイアンの名前を拝借することとした。
Ian (EIRE):イアン(彼はアイルランド系だ)
11月2日リリースのアルバム「ハットフル・オブ・ホロウ」のB面のデッドワックスには"Ian (EIRE)"と刻まれた。
ということで、ザ・スミスであるにも関わらず、モリッシーの歌詞にも、ジョニー・マーのギターにも触れず、この議題は終わりとする。