前回は、クレンペラーの指揮・フィルハーモニア管弦楽団の演奏によるマーラーの交響曲第2盤「復活」を採り上げた。
クレンペラーの主要なレパートリーは、モーツァルト、 ベートーヴェン、 ブラームス、ワーグナー、 マーラーなど、ドイツ・オーストリア系の古典派〜ロマン派の作品である。
ということで、今回の「レコード評議会」はこの盤を採り上げようと思う。
Mozart
Symphony N° 38 In D Major, K.504 "Prague"
Symphony N° 39 In E Flat, K.543
Otto Klemperer
The Philharmonia Orchestra
UK盤(1957年)モノラル
Columbia
33CX 1486
SideA:XAX 993-3N O 1 3
SideB:XAX 994-2N H 1 2




モーツァルト
交響曲第38番 ニ長調 K.504 「プラハ」
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
オットー・クレンペラー指揮
フィルハーモニア管弦楽団
1957年とまだまだモノラル全盛期の盤なのだが、音の広がりや奥行きが感じられ、また音の鮮度も高い。
今から70年近く前のレコードということに、今更ながら驚くばかりである。
最初に各曲を簡単に説明しておこう。
交響曲第38番 ニ長調 K.504 「プラハ」
1787年1月19日にプラハで初演されたことから、「プラハ」の愛称で呼ばれる作品である。
古典派の交響曲は通常、
・第1楽章:ソナタ形式
・第2楽章:緩徐楽章
・第3楽章:メヌエット
・第4楽章:フィナーレ
による4楽章構成を採ることが多い。
しかし、この「プラハ」にはメヌエット楽章が存在せず、
・第1楽章:序奏付きのソナタ形式
・第2楽章:緩徐楽章
・第3楽章:フィナーレ
から成る3楽章構成となっている。
これは当時としては異色であるが、1つ楽章が少ないことが、躍動的で祝祭的な印象を曲に与えている。
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
1791年に35歳で亡くなるモーツァルトの晩年期にあたる1788年に書かれた三大交響曲〜第39番、第40番、第41番「ジュピター」〜の一つである。
古典派の交響曲の形式に倣って、
・第1楽章:序奏付きのソナタ形式
・第2楽章:緩徐楽章
・第3楽章:メヌエット
・第4楽章:フィナーレ
と標準的な構成となっているが、第1楽章にファンファーレ的で壮大な序奏が付いていたり、第4楽章では通常の様なコーダが無く、簡潔に締め括られるなど、当時としては少し変わった試みがなされている。
躍動感あふれる晴れやかな曲で、三大交響曲の第一作としての地位に相応しい曲である。
モーツァルトと言えば、軽やかで優雅なメロディが思い浮かぶ。自然で美しいメロディは正に天からの授かり物だと思う。
このアルバムに収録されている2つの交響曲も、そんなモーツァルトの天賦の才が存分に発揮された曲と言えるだろう。
さて、それではこのアルバムに収録されている交響曲第38番「プラハ」と第39番はどうかと言うと…
これがなかなかに「重厚」なモーツァルトなのである。
モーツァルトならではの優雅さはあるものの、全体として重心が低く、重厚さが勝る演奏である。
指揮するクレンペラーは「厳格」「重厚」と評されることが多いが、彼の特徴がよく表れている演奏と言えよう。
オーストリアではなくドイツ寄りのモーツァルト、ベートーヴェン寄りのモーツァルト、といった感じと言えば良いのだろうか。
では、その様なモーツァルトは頂けないか?と言うと、その様なことは無い。
非常に聴き応えがある、素晴らしい演奏なのである。
全く個人的な印象だが(異論があるのを承知で書くが)、モーツァルトは、その軽やかで優雅な音楽ゆえに、BGMとして聞き流しつつ、心地良く楽しむことが出来る。同時に確りと耳を傾けて聴くことで、その音楽の素晴らしさを感じることも出来る。そんな音楽である。
そんなモーツァルトの音楽なのだが、クレンペラーの指揮するこの交響曲第38番「プラハ」と第39番は、BGMとして聞くことを許さない。
どうあっても引き込まれてしまう、気付けば耳が音楽を追ってしまう、そんな演奏なのである。
この様に「重厚」なモーツァルトは受け付けられないと言う人もいるだろう。
だが、個人的にはとても素晴らしい演奏だと思っている。
と、ここで締めにしても良いのだが、この盤そのものについて、もう少し触れておこう。
ジャケットについて
"百塔の街"と呼ばれるプラハの風景をイメージして描かれたものであろう。
中央に見える橋はヴルタヴァ川(モルダウ川)に架かるカレル橋である。


レーベルについて
"ブルー&ゴールド"と呼ばれるモノラル時期の紺地に金文字のデザイン。
古式ゆかしい色合いで、レコードがまだ60年代半ば以降ほど大衆的で無く、格調高い「レコード芸術」といった趣きを感じさせるデザインである。

デッドワックス ー スタンパーについて
SideA:XAX 993-3N O 1 3
SideB:XAX 994-2N H 1 2
スタンパーは、A面「O:5番目」、B面「H:7番目」と一桁であり、かなり若い。
本盤は「音の広がりや奥行きが感じられ、音の鮮度も高い」と書いたが、スタンパーの若さも一役買っているのだろう。
デッドワックス ー マザー・ナンバーについて
SideA:XAX 993-3N O 1 3
SideB:XAX 994-2N H 1 2
マザー・ナンバーは、A面「1 3」、B面「1 2」なのだが、数字が縦に刻印されている。


これは「A面マザー 13」 「B面マザー 12」では無く、
「A面マザー 1 / サブ・マザー 3」
「B面マザー 1 / サブ・マザー 2」
を意味している。
一般的にレコードは以下の工程により製造される。
マスターテープ:Master tape
↓
ラッカー盤:Lacquer (凹) --- マトリックス・ナンバー
↓
ファザー / メタルマスター:Father / Metal master (凸)
↓
マザー / メタルマザー:Mother (凹) --- マザー・ナンバー
↓
スタンパー:Stamper (凸) --- スタンパー・コード
↓
レコード盤:Record (凹)
凸と凹は音が刻まれている箇所の形状
ではサブ・マザーとは何なのかと言うと、以下の様にマザーとスタンパーの間の工程における「マザーから複製された二次マザー」のことである。
マザー / メタルマザー:Mother (凹) --- マザー・ナンバー
↓
中間原盤:intermediate positive (凸)
↓
サブ・マザー:Sub-mother (凹) --- サブ・マザー・ナンバー
↓
スタンパー:Stamper (凸) --- スタンパー・コード
つまり、
A面マザー 1 / サブ・マザー 3:1番目のマザーから複製された3番目のサブ・マザーによるもの
B面マザー 1 / サブ・マザー 2:1番目のマザーから複製された2番目のサブ・マザーによるもの
ということである。
ここで、何故サブ・マザーが作られるのかを考えてみる。
ファザーからマザーを複数作ることは出来るし、実際に作られている。にも関わらず、何故わざわざ工程を増やしてまでサブ・マザーを作る必要があったのか?
レコード会社が明言している訳でも無く、また資料的裏付けがある訳でもないので推測にはなるが、考えられる理由としては「ファザーの破損リスク回避」のためであろう。
ファザーはラッカー盤をメッキ処理して作られるものだが、基本的に1枚しか作ることが出来ない。メタルマスターとも呼ばれている通り、マスター/原盤なのである。
このため、マザーを作る際にファザーが破損する事態となればラッカー盤を作り直す、つまりカッティングをし直す必要がある。
この様な事態を回避するため、「量産に際してマザーを複製してサブ・マザーを作った」と考えられる訳である。
妥当な推測だと思うが、どうだろうか?
もしかすると、リリースされた初回のマトリクスの枝番が「1」では無く「2」や「3」となっているものの中には、カッティングが上手くいかなかったケースの他、マザーを作る際にファザーが破損してしまったためにカッティングし直したケースもあったのかも知れない。
これも資料的裏付けがある訳でも無いので推測にはなるが、無いとは言い切れないだろう。
さてここで、一つの疑問が湧いて来る。
上記推測の通り「ファザーの破損リスク回避」のため「量産に際してマザーを複製してサブ・マザーを作った」とするならば、「レコードの殆どでサブ・マザーが作られる、つまりレコードの殆どはサブ・マザーから作られたスタンパーによるプレスである」ということなのだろうか?… と。
そもそもマザー・ナンバーが刻印されているレコード会社は珍しい。EMIについてもマザー・ナンバーは刻印されているが、サブ・マザー・ナンバーまで必ず刻印されているとは限らない。
手元にあるEMI系(EMI、HMV、Parlophone、Columbia)のUK盤アルバム・EP・シングルの約50枚(クラシック10枚強、ビートルズ30枚強)についてデッドワックスを見てみたところ、殆どの盤でサブ・マザー・ナンバーは刻印されていない。
サブ・マザーがあるものは7枚のみで、うち2枚がクラシック、5枚がビートルズである。
クラシック アルバム 「モーツァルト / クレンペラー」(本作)
A面 マザー1 / サブ・マザー3
B面 マザー1 / サブ・マザー2
クラシック アルバム 「ブラームス交響曲第4番 / クレンペラー」
A面 マザー1 / サブ・マザー2
B面 マザー1 / サブ・マザー3
ビートルズ アルバム 「Please Please Me」
A面 マザー1 / サブ・マザー3(B面 サブ・マザー無し)
ビートルズ アルバム 「A Hard Day's Night」
A面 マザー3 / サブ・マザー4(B面 サブ・マザー無し)
ビートルズ アルバム 「Beatles For Sale」
A面 マザー2 / サブ・マザー5(B面 サブ・マザー無し)
ビートルズ アルバム「Let It Be」
A面 マザー2 / サブ・マザー5(B面 サブ・マザー無し)
ビートルズ EP 「The Beatles' Hits」
A面 マザー1 / サブ・マザー7
B面 マザー1 / サブ・マザー2
サンプル数が少ないので何とも言えないが、サブ・マザー・ナンバー「1」が無いのが気になる。
これは「レコードの殆どでサブ・マザーが作られる」ものの、1枚目のサブ・マザーはナンバーが刻印されない、ということなのだろうか?
一方でマザー・ナンバーは、クラシックでは「1」が多いものの「3」「4」という盤もあるし、ビートルズに至っては「8」「9」という盤もある。
つまり、ファザーからマザーが数字の分だけ作られたということである。
ファザーを8回・9回も使っているとなると、そもそもサブ・マザーを作る理由は「ファザーの破損リスク回避」という推測自体が怪しくなってくる。
一体全体、どういうことなのだろうか?
以上、色々と推測を重ねてきたが、とどのつまり「その時期のレコード会社の方針によって様々なケースがある」ということなのだろう。
ケース①:ファザーの破損リスクを考慮せず
▶︎発売当初:ファザー(1) → マザー(1) → スタンパー
▶︎販売好調/量産時:ファザー(1) → マザー(2、3、4…) → スタンパー
▶︎ファザー破損時:リカット → ファザー(2) → マザー(1、2、3、4…) → スタンパー
ケース②:ファザーの破損リスクを一定回避
▶︎発売当初:ファザー(1) → マザー(1) → スタンパー
▶︎販売好調/量産時:ファザー(1) → マザー(2、3、4…) → スタンパー
▶︎ファザー破損時:マザー(1) → サブ・マザー(1、2、3、4…)(※) →スタンパー
(※)サブ・マザー・ナンバーを刻印することもしないこともある
ケース③:ファザーの破損リスクを最大限回避
▶︎発売当初:ファザー(1) → マザー(1) → サブ・マザー(1) →スタンパー
▶︎販売好調/量産時:マザー(1) → サブ・マザー(2、3、4…)(※) →スタンパー
▶︎マザー破損時:ファザー(1) → マザー(2) → サブ・マザー(1、2、3、4…)(※) →スタンパー(※)サブ・マザー・ナンバーを刻印することもしないこともある
以上、全て資料的裏付けの無い推測であるが、当たらずとも遠からず、と言ったところだろう。
アナログの世界では音源のコピーが多いほど、つまり工程が多いほど、多少なりとも音は劣化するものである。
そうなると、工程にサブ・マザーを挟んでいる盤といない盤とで比べた場合、音が良いのは挟んでいない盤ということになる。
つまり、音の良い盤を求めるのならば、サブ・マザーを挟んでいない盤を選びたくなるだろう。
だが先にも書いた通り、そもそもマザー・ナンバーが刻印されているレコード会社は珍しい。EMIについてもマザー・ナンバーは刻印されているが、サブ・マザー・ナンバーまで必ず刻印されているとは限らない。
とどのつまり、デッドワックスを見ても、工程にサブ・マザーを挟んでいるのかいないのか、正確には分からないのである。
結局のところ、実際に聴いて良い音なのであれば、その盤は良い盤である。
逆に言えば、良い盤なのかどうかは、聴いてみなければ分からないということである。
この盤は、演奏の内容、音そのものともに素晴らしく、良い盤である。