前回は、クレンペラーの指揮・フィルハーモニア管弦楽団の演奏によるモーツァルトの交響曲第38番と第39番のモノラル盤。
ということで、今回の「レコード評議会」はその続きである。
Mozart
Symphony N° 40 In G Minor, K.550
Symphony N° 41 In C Major, K.551 "Jupiter"
Otto Klemperer
The Philharmonia Orchestra
UK盤(1964年 (1963年初発) )ステレオ
Columbia
SAX 2486
SideA:YAX 941-4 H 1
SideB:YAX 942-2 H 1




モーツァルト
交響曲第40番 ト短調 K.550
交響曲第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」
オットー・クレンペラー指揮
フィルハーモニア管弦楽団
三大交響曲と呼ばれる第39番、第40番、第41番のうち、今回は第40番と第41番。そのステレオ盤である。
まずは各曲を簡単に説明しておこう。
交響曲第40番 ト短調 K.550
モーツァルトの短調の交響曲は2曲しか存在せず、そのうちの1つ。
トランペットが入っておらず、この頃の楽器編成としては少し珍しい。
第1楽章の悲しみに満ちたメロディはクラシック・ファンならずとも広く知られており、彼の作品中で最も有名なものの1つである(このメロディに歌詞を付けたシルヴィ・ヴァルタンの「哀しみのシンフォニー (Caro Mozart)」というフレンチ・ポップスもある)。
この曲を表すものとして「疾走する悲しみ」というのがある。これは評論家小林秀雄の評論「モオツァルト」に出て来る一節「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。」に由来している(但しこの一節は"弦楽五重奏曲第4番 ト短調"を指してのものである)。
交響曲第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」
副題「ジュピター」はモーツァルトが付けたものでは無く、壮麗な曲想からローマ神話の最高神ユピテル(英語読みでジュピター、ギリシャ神話のゼウス)にちなんで付けられたもの。
第四楽章のジュピター音型と呼ばれる「C - D - F - E(ド - レ - ファ - ミ)」の主題によるフーガは、正に「ジュピター」といった趣きである。
リヒャルト・シュトラウスは本作を「これまで聴いた音楽の中で最も素晴らしいものだ。最後のフーガを聞いている時はまるで天国にいるかの様だった」(1878年のルートヴィヒ・トゥイレに宛てた手紙)と称賛している。
三大交響曲の終曲に相応しい楽曲である。
第40番は「疾走する悲しみ」、第41番は壮麗な「ジュピター」ということで、そのエピソードや副題からイメージが膨らみやすいこともあるのだろう、モーツァルトの交響曲の中で最も有名な2曲となっている。
さて、それではこのアルバムに収録されている演奏はどうかと言うと…
交響曲第40番の第1楽章には「モルト・アレグロ(非常に速く、活発に)」との指定があり、本来は悲しみを湛えながらも疾走感を伴った曲である。
しかし、クレンペラーの演奏は全体にゆったりとしたテンポで進められており、一般に言われる「疾走する悲しみ」とは少々異なる趣きとなっている。
それでもなお、この演奏には深い哀感と格調高い美しさがあり、思わず聴き入ってしまう。クレンペラーならではの名演と言えるだろう。
第41番「ジュピター」はクレンペラーの特徴がよく表れた演奏である。
もとから壮麗な曲ではあるが、クレンペラーの重心が低く悠然とした音運びは、この曲に重厚さと偉大さを与えている。
特に第4楽章のフーガにおいて音が連なり、高く積み上がる様は、音による大聖堂といった趣きがある。
クレンペラーの名演の一つと言って差し支え無いだろう。
この盤そのものについても触れておこう。
ジャケットについて
著名な画家の作品をジャケットに採用したという訳では無く、このアルバム用に描かれた絵の様である。
古代ローマないしは古代ギリシャを描いた様な絵だが、「ジュピター」からの連想なのだろう。
レーベルについて
1963年発売当初のレーベルは、銀色の輪に囲まれた外周、薄い青地に格子状の線が入ったデザインで、"ブルー&シルバー"と呼ばれるものである。
本盤は赤色のレーベルとなっているが、これは1964年に切り替え後の2ndレーベルである。
"ブルー&シルバー"の方が明らかに高級感のあるデザインである。
デッドワックスについて
SideA:YAX 941-4 H 1
SideB:YAX 942-2 H 1
マトリクスの枝番は、A面が「4」、B面が「2」であり、リカットされたのかと思いきや、Discogsを見ると、これが初盤マトである。
この盤は、高音域の伸び、 中音域の膨らみ、 低音域の音圧、 いずれもバランスが良い。カッティングに苦労しただけのことはある。
そして、マザー / スタンパーはA面B面とも「1 / H」。つまり2ndレーベルではあるものの、初盤マト、1番目のマザー、7番目のスタンパーということで、かなり若い盤であることが分かる。
この盤は鮮度の高さを感じさせる良い音で鳴るが、然もありなんである。
本盤は1960年代前半のステレオ盤ながら、 初期のビートルズのステレオ盤に見られる泣き別れミックス(左に楽器、右にボーカル)の様なことは無く、バランスの良いミックスがなされている。
広がりのある音像を持ち、高音域から低音域までバランスが良い。それが鮮度の高い音で鳴る。
演奏内容も素晴らしく、名盤と言って良いだろう。
… 但し、本盤はステレオ盤である。
こちらの記事にも書いた通り、クレンペラーはステレオに対して良い感情を持っていなかった。
ルーベルト・シェトレ著、喜多尾道冬訳の書籍「指揮台の神々/世紀の大指揮者列伝」によると、クレンペラーはステレオ録音について「イカサマ師の発明 (an invention of charlatans)」と呼んで毛嫌いしていたそうである。

