B-SELSに行ってきた。
いつ来ても圧倒される品揃えである。

しかも、来る度に新しい盤が並んでいる。

一体全体どうなっているんだ?
世界中からビートルズのレコードがB-SELSに集まって来る。

ということで、今回の「レコード評議会」は「B-SELSで買ったレコード」シリーズ:シーズン15となります。
私「1stアルバム(Please Please Me)のUK盤のステレオを少し聴かせてください。ドイツ盤のドライ・ミックスは持っているんですけど、UK盤は聴いたことが無いんです」
ご店主「そうなんですね。どうぞ聴いてみてください」
私「やっぱりドイツ盤のドライ・ミックスとは違いますね。と言うか、こちらのUK盤が基本ですね(笑)」
…などと話をしつつ、どうにも気になる盤があった。
『PLEASE PLEASE ME』 フランス・モノラル 1964年オレンジ・レーベル美品 貴重!SINFONIAステッカー付き!!!!!
私「1stアルバムと言えば、このフランス盤、どうにも気になりますね。日記に書かれていた盤ですよね」
ご店主「そうです。デフジャケのフランス盤『プリーズ・プリーズ・ミー』です」
Les Beatles
N°1(Please Please Me)
フランス盤(1964年)モノラル
Odeon
OSX 225
SideA:XAR 783 22 M6 231562
SideB:XAR 784 22 M6 231563




ご店主によるポップにはこうある。
超レア!フランス・モノ !!
Super Rare!France 1964 2nd Orange Label
SINFONIA ステッカー付 !! (※)
(※) 1960年代にパリのシャンゼリゼ通にあった有名なレコード店です‼︎
すばらしい状態
--- ご店主とのビートルズ談義:音について ---
私「実は、日記に出ていた時からこのフランス盤、気になっていたんですよね。スタンパー3桁ながら一応UK盤を持っているんですけど、このフランス盤は独自カットということで、音も違いますか?」
ご店主「結構違いますよ。是非聴いてみてください」
ご店主が盤に針を降ろすと、"One, two, three, four!"と勢いのある音が飛び出して来た。
おお、これは凄い!最高のロックンロール・サウンドだ。
聴き進めて行くと、ロック調、ポップス調、バラード調と、 どんな曲でも音に力が漲っている。
時にガツンと来る音、時にビシッと来る音で、音の圧力が強い。音そのものの存在感が凄い。
私「これは凄い。音が力強いですね。音の存在感が凄い。 "I Saw Her Standing There"や"Please Please Me"の様な勢いのある曲だけで無く、"Misery"の様なバラードっぽい曲も力強い響きがします。UK盤とは随分と印象が違いますね」
ご店主「そうなんですよ」
私「UK盤と比べても、こちらのフランス盤の方が音が前に出て来ていませんか?押し出しが強い気がします。 …ん?もしかすると、これってラウドカットなんです?」
ご店主「そう、そうなんですよ。UK盤は低音がよく出る様にカッティングされているんですけど、フランス盤は低音から中音、高音に至るまで全て音が大きいんです」
私「なるほど〜、そうなんですね!良いじゃないですか、フランス盤!こんなのを聴いてしまったら、もう買いですね。これ、いただきます!」
ご店主「え、そうですか!ありがとうございます!」
私「いやぁ、それにしても、凄い音です。フランスの独自カット、良いですね」
ご店主「フランス盤はUKマザーは一つも無く、全て独自カットなんですよ」
私「へぇ、そうなんですか!」
ご店主「フランスはやりたい放題と言うか、イギリスなんて関係無い、自分たちは独自の音でやるんだ、という感じですね(笑)」
私「あはは、イギリスとフランスは百年戦争とか歴史的にも仲が悪いですからね(笑)」
--- ご店主とのビートルズ談義:ジャケットについて ---
私「それはそうと、ジャケットも洒落たデザインですね」
ご店主「フランス盤はジャケットが人気です」
私「『Les Beatles』のロゴが洒落てますね。メンバーのイニシャルが書かれた虫のイラストも描かれているんですね」
ご店主「日本ではbeetleはカブトムシということで、良いイメージですよね。武士の兜も連想させますし、カッコいい感じです。ですが、ヨーロッパでは数多いる甲虫のことで、イメージも良く無いみたいです。それをこんな風にイラストにしていて、面白いですね」
私「あれ?そう言えば『Please Please Me』ってどこにも書かれていないんですね」
ご店主「そうなんです。ここに『N°1』と書かれているだけなんです」
私「と言うことは。アルバム・タイトルは『N°1』ということなんですかね?面白い」
ご店主「そもそもフランスでは、ビートルズが人気が出て来たところで、まずは『Les Beatles』というタイトルで『With The Beatles』が1963年にリリースされたんです。その後1964年に『Please Please Me』がリリースされる訳ですが、そこでジャケットに『N°1』と銘打って売り出していったのでしょう」
私「なるほど〜」
ご店主「それと、ジャケットのメンバーの写真を見ると、フランスの若手俳優やアイドルみたいです。フランスは、ビートルズをイギリスでは無く、まるで自国のアイドルとして売り出しているかの様です」
私「確かに!ジョージなんか、特にフランス人っぽい(笑)」
--- ご店主とのビートルズ談義:SINFONIAについて ---
私「そう言えば、日記に書かれていた『SINFONIA』のステッカーがこれなんですね」
ご店主「パリのシャンゼリゼ通りにあった有名なレコード店のステッカーです」
私「シャンゼリゼ通りにお店があって、ロンドンとニューヨークにも支店があって、当時は流行の最先端を行っていたんでしょうね。それにしても、レーベルに思いっきりステッカーを貼っちゃうんですね。しかもODEONのロゴ上に!裏ジャケットにもお店のスタンプが押されてるし(笑)」
ご店主「これは『SINFONIA』が自信を持ってお勧めするレコードですよ、といった感じなのでしょうね」
私「プライドを感じます。歴史が感じられて良いですね」
--- ご店主とのビートルズ談義:レーベルについて ---
私「音もジャケットも、ホント良い盤ですね」
ご店主「この盤はレーベルがオレンジなので2ndレーベルですけど、1stと同じ1964年プレスで、マトリクスも同じですし、この盤もかなりのレア盤です。1stはブルーのレーベルなんですけどね」
私「そうなんですね」
ご店主「ただですね… まあ、普通であれば、1stレーベルならもっと枚数があるはずなんです。にも関わらず、ブルーは極端に少ないんですよ」
私「…ん?と言いいますと?」
ご店主「一般的にフランスODEONでは、1stレーベルはブルー、2ndレーベルはオレンジとされています。ですが、実際の枚数についてデータがある訳では無いんですが、今までビートルズのレコードを集めて来た経験上から、オレンジに比べてブルーは極端に少ないと思われるんです」
私「それって、どういうことなんでしょう?」
ご店主「これは私が考えていることなんですが、この盤のブルーは通常盤では無く、何らか特殊なもの ー 例えば輸出用とか ー だった、オレンジが通常盤の1stレーベルだった… のではないか、と」
私「おお、それが真相だったと!ブルーの極端な枚数の少なさは、実際にビートルズのレコードを集めて来た経験上からして、きっとそうなんでしょうし、とてもあり得る説だと思います!」
ご店主「こんなことはどこにも出ていませんし、商売柄、迂闊なことは言えませんので、断言するにはもう少し研究が必要なんですけどね」
私「経験に裏打ちされた説だと思います。この説は、レコード評議会で書かせてもらいます(笑)」
ということで、今回も素晴らしい盤に巡り合う事が出来て、しかも大いに勉強にもなりました。
これだから、B-SELSはやめられない。
ご店主、今回もありがとうございました!
さてここからは、自宅に帰ってからの感想や、ご店主とのビートルズ談義に触発されて自分でも調べてみたことなど、諸々書いておく。
--- UK盤とフランス盤の音の違いについて ---
自宅でUK盤とフランス盤を聴き比べてみたところ、ご店主が仰る通りであった。
🇬🇧 UK盤:低音がよく出ている。
🇫🇷 フランス盤:低音・中音・高音に至るまで全て音が大きい。
基本となる音はやはりUK盤ではあるが、全ての音が前に出て来る押し出しの強いフランス盤の方が音そのものの存在感が強いと感じる。
こんなことを言ってしまって良いのか?と迷うが、フランス盤の方が好きかも知れない…
--- ジャケットの写真について ---
裏ジャケットの片隅にこの様なクレジットがある。
Photo:X... Maquette:J.B.
(写真:X… ジャケット・デザイン:J.B.)
写真は「X」によるものとクレジットされている訳だが、アストリッド・キルヒャーのことである。
レコード・デビュー前にハンブルクで巡業していたビートルズと親交があったドイツの写真家で、クラウス・フォアマン(ベーシスト、後にリボルバーのジャケットを手掛ける)、スチュアート・サトクリフ(当時のビートルズのベーシスト)と恋人関係にあったことでも有名だ。
ジャケットにあるビートルズのメンバーの写真は、アストリッド・キルヒャーが1962年11月にハンブルクで撮影した写真なのである(椅子に座っている写真ということで、「チェア・セッション」と呼ばれている)。
なおこの写真は、当時リヴァプールで発行されていた音楽新聞「Mersey Beat」の1962年12月19日号に掲載されたブライアン・エプスタインによる広告で使用され、その広告はポスターにもなっている。
左:「Mersey Beat」の1962年12月19日号に掲載されたブライアン・エプスタインによる広告
右:同広告を元にしたポスター
ここからは全くの推測であるが、こんな経緯だったのではないだろうか…
「Mersey Beat」の広告やポスターを目にしたフランスODEONのデザイナーが、この写真をジャケットに使うことにした。
その写真は、アストリッド・キルヒャーから直接入手せず、「Mersey Beat」から取り寄せた(ないしは広告やポスターの写真をそのまま転写して使った)。
この様な経緯から、写真提供元をクレジットするに当たって「Mersey Beat」とする訳にも行かず、またアストリッド・キルヒャーの名前を記載する訳にも行かず、「Photo:X...」とした。
あくまでも勝手な推測である。
なお、このジャケット・デザインを手掛けた「J.B.」は誰だか全く分からない。
James Brownでは無いのだけは確かである。
--- SINFONIAの入居ビルについて ---
SINFONIA(シンフォニア)は、シャンゼリゼ通り68番地(68 Avenue des Champs-Élysées)に店を構えていた、1960年代のパリを代表するレコード店である。
SINFONIAが入居していたビルは、高級香水メーカーとして世界的に知られるゲラン(Guerlain)の本拠地で、1913~1914年にゲラン家が私邸兼本社ビルとして建設した歴史的建造物 ー 設計を担当したのはパリのリッツ・ホテルやロンドンのカールトン・ホテルでも知られる建築家チャールズ・ミューズ(Charles Mewès) ー である。
現在では、SINFONIAが入居していた部分も含めて、ゲランの店舗となっている。
それにしても、シャンゼリゼ通りの歴史的建造物に店を構えていたとは、SINFONIAのステイタスの高さを物語っている。
このフランス盤は、そんなSINFONIAの店頭に並んでいた訳で、何とも感慨深いものがある。
--- レーベルの色について ---
B-SELSのご店主が仰っていた「この盤(「N°1 (Please Please Me)」)のブルーは通常盤では無く、何らか特殊なもの ー 例えば輸出用とか ー だった」という説を自分なりに整理しようと思う。
以下は、フランスODEONのカタログNo. OSX 222〜232 について、Discogsなどで確認出来たレーベルの色を並べたものである。
OSX 222 1963年12月リリース(11月との説もあり)
Les Beatles (With The Beatles)
1963年 グリーン
1964年 オレンジ
OSX 223 1964年2月リリース
Les Copains D'Outre-Manche - Paris Londres
(ビートルズを含む様々なグループのコンピレーション盤)
1964年 グリーン
OSX 224
不明(Discogs他に記載無し)
OSX 225 1964年1月リリース
N°1 (Please Please Me)
1964年 ブルー
1964年 オレンジ
1966年 レッド (カタログNo. LSO 103)
OSX 226 1964年7月リリース
4 Garçons Dans Le Vent (A Hard Day's Night)
1964年 オレンジ
1966年 レッド (カタログNo. LSO 101)
OSX 227 1964年11月リリース
Dansez Beatles (Off The Beatle Track)
(ジョージ・マーティン・オーケストラによるビートルズ曲集)
1964年 オレンジ
OSX 228 1965年1月リリース
Les Beatles 1965 (Beatles For Sale)
1965年 オレンジ
OSX 229
不明(Discogs他に記載無し)
OSX 230 1965年8月リリース
Chansons Du Film "Help!"
1965年 ブルー
1965年 オレンジ
1966年 レッド (カタログNo. LSO 104)
OSX 231 1965年9月リリース
Les Beatles Dans Leurs 14 Plus Grands Succès
(フランス独自のコンピレーション盤)
1965年 ブルー
1965年 オレンジ
OSX 232 1965年12月リリース
Rubber Soul
1965年 オレンジ
1965年 ブルー (カタログNo. OSX HS 24.001:輸出用)
1966年 レッド (カタログNo. LSO 102)
こうして眺めてみると、グリーン → オレンジ → レッド という流れがあり、途中でブルーが入り込んでいる様に見える。
グリーン:1963年〜1964年初頭
オレンジ:1964年〜1965年
レッド :1966年〜 (カタログNo.はLSOに変更)
ブルー :1964年初頭、 1965年8〜9月、 12月(輸出用)
ブルーは、不規則に1stレーベルとして使われることがあったというのが、一般的な説なのだろう。
ただ「Rubber Soul」のブルーは輸出用であること(輸出用のカタログNo.が付けられている)、
また「N°1 (Please Please Me)」のブルーは一般的な1stレーベルにしては極少であること(ご店主の経験に基づく)、
これらのことから、B-SELSのご店主が仰っていた「この盤(「N°1 (Please Please Me)」)のブルーは通常盤では無く、何らか特殊なもの ー 例えば輸出用とか ー だった」という説の方が、私にとってはしっくりくる。
「Chansons Du Film "Help!"」や「Les Beatles Dans Leurs 14 Plus Grands Succès」のブルーもそうなのだろうか…
--- 裏ジャケットの文章について ---
裏ジャケットには、フランスの週刊誌「L’EXPRESS(エクスプレス)」の1963年12月6日号に掲載されていたビートルズ特集記事が転載されている。
1964年1月16日から2月4日まで、ビートルズはパリの名門劇場であるオランピア劇場(L’Olympia)に出演するのだが、その公演を前にして書かれた記事である。
「ビートルマニア」の熱狂ぶりを、イギリス各紙の記事を引用しながら紹介している。
アイドル
ザ・ビートルズ
イギリス中を夢中にさせている4人の若者
イングランドが熱狂している。今回は国家機密でもなければ、スパイ事件や風紀の乱れでもない。しかし暴動のような騒ぎが次々と起き、首相は飛行機に乗ることができず、海軍の最高司令部は頭を悩ませ、エリザベス皇太后は反応を示し、「フィナンシャル・タイムズ」までが論評している。
何が起こっているのだろうか。
4人の若者「ビートルズ」が、ギターを手にツイストを歌い、イェ・イェ(Yeah Yeah)大旋風を巻き起こしているのである。私は、イギリスの新聞が彼らについてこの1ヶ月間で掲載した膨大な記事をひも解いてみた。
Daily Mirror
ランカシャー州カークビーにある評判の良い総合学校「ラフウッド校」が制服を変更した。女子生徒たちは自ら新しい制服をデザインしたが、そのデザインはビートルズ風の影響を強く受けていた。縞模様のシャツに、襟のないブレザー。教師たちは満場一致でその採用を承認した。
プディング・ボウル(お椀型ヘア)
Daily Telegraph and Morning Post
ツアーから戻ったビートルズは、ロンドン空港で大騒動を引き起こした。1,500人の熱狂的なファンが叫び声を上げながら押し寄せ、警察も群衆を制御することができなかった。首相のサー・ダグラス=ヒュームはレンフルーへ向かう飛行機に搭乗する予定だったが、ビートルズ騒動が終わるまで30分間も車内で待たなければならなかった。
Daily Mirror
デヴォンポート基地所属のブルワーク艦隊の執行士官W・H・ホイル司令官は次のような厳命を発した ー「ビートルズ風にするのは直ちに止めよ!」と。というのも、若い水兵たちが最近、ビートルズで有名になった「プディング・ボウル(お椀型)」の髪型(目の上まで垂れた重い前髪)を真似し始めていたからである。海軍本部は、このような規律の乱れをこれ以上見過ごすつもりはなかった。
Daily Telegraph
リヴァプールのある工場では、経営陣の決定に抗議して女性従業員たちが1時間のストライキを行った。会社が作業中に流していたラジオを止めたからである。そのラジオでは、ちょうどビートルズのレコードが流れていた。
Daily Mail
大見出し:ビートルマニアの犠牲者
副見出し:ロイヤル・ショーに先立って長い悲鳴が響き渡る
ロンドンのプリンス・オブ・ウェールズ劇場では、エリザベス皇太后、マーガレット王女、そしてスノードン伯爵(トニー・アームストロング=ジョーンズ)の到着30分前から、数百人の警官が周囲を警備していた。ビートルズの出演が予定されていたからである。突然、大きな悲鳴が聞こえた。若い少女が群衆に押し倒されて踏みつけられ、脚を骨折してしまったのである。レスター・スクエア周辺の交通は完全に麻痺した。それでも皇太后は、ビートルズの演奏を大いに楽しんだという。
Financial Times
ビートルズのレコード需要は驚異的で、EMI(Electric and Musical Industries)の全生産能力を動員しなければならないほどである。工場は注文に応えるためフル稼働している。わずか1年で、ビートルズは製造計画そのものを根底から覆してしまった。新譜発売前の段階で50万枚以上の注文が入る。総売上は200万枚を超えると推定される。何ということだろう!大英帝国の歴史の中でも、これほどの現象は一度も見られたことが無い。
では、その新しい神々とは誰なのか?リヴァプール出身の4人の若者である。全員身長1メートル80センチで、彼らは口をそろえてこう言う ーー 好きなのは、フライドポテト、地味な服、女の子、特にブリジット・バルドーだね、と。
ザ・ビートルズ
ビートルズの話題はここでひとまず締めくくろう。彼らが巻き起こしている熱狂が本物なのかどうか、間も無く分かるだろう。ビートルズをオランピア劇場に招いたブルーノ・コカトリクスも、どうやらもうビートルマニアに感染しつつあるようだ。この愛すべき若者たちは、1ヶ月前には「イギリスのスター」(第1部中盤に登場する前座)として出演する予定だった。2週間前には「アメリカのスター」(第1部の締め)に格上げされた。そして最新情報では、ビートルズは「主役」(第2部の締め、主役中の主役)として登場することになった。
1月16日、パリで会おう。
ダニエル・エイマン
L’EXPRESS(エクスプレス)
1963年12月6日号
以上、全文和訳して掲載したが、当時の様子がよく分かる大変興味深い内容である。
ちなみに、1964年1月16日夜、オランピア劇場での初公演後、ホテルに戻ったビートルズは「I Want To Hold Your Hand がアメリカで1位になった」という知らせを受けている(米キャピトルからブライアンに電報が届いた)。
以上、手当たり次第に掘ってみた訳だが、こうして見ると、音良し、ジャケット良し、そして当時のパリの空気までも封じ込めた様な歴史の詰まった一枚なのであった。
正に「N°1」というタイトルの通り、素晴らしい盤である。
(追記)
この記事について、B-SELSで紹介いただいた上に、過分なお言葉をいただきました。
ご店主、ありがとうございます!



















