60年前の1966年、つまり昭和41年6月29日(水)、ビートルズが来日した。
そして、6月30日(木)の夜、7月1日(金)の昼と夜、7月2日(土)の昼と夜、以上計5回、日本武道館で公演を行った。
この「ビートルズ来日公演」は、ただの人気バンドの来日に収まらない社会現象にまで発展した大事件であった。
そんな大事件の60周年の節目ということで、各種メディアで取り上げられ、今年の6月末前後はいつも以上にワサワサしているビートルズ界隈であった。
そこで、遅ればせながら今回は「ビートルズ来日公演」にちなんで書いてみようと思う。
来日に至るまでの経緯、来日における騒動、公演の様子などについては多くの書籍や記事で詳しく語られているので、ここでは割愛する。
公演で演奏された曲について採り上げよう。
演目は5回とも同じ11曲である。
1. Rock and Roll Music
2. She's a Woman
3. If I Needed Someone
4. Day Tripper
5. Baby's in Black
6. I Feel Fine
7. Yesterday
8. I Wanna Be Your Man
9. Nowhere Man
10. Paperback Writer
11. I'm Down
ここで注目したのが"Paperback Writer"。
この曲はシングルとして、アメリカでは1966年5月30日、イギリスでは6月10日に発売された。日本では6月15日発売とされる。
つまり、来日公演における最新曲だった訳だが、日本での発売からまだ2週間ほどしか経っておらず、来場者の中には、まだ耳にしたことの無い人も少なくなかったのではないだろうか。
ということで、今回の「レコード評議会」は、この来日公演でも演奏された最新シングル”Paperback Writer”をいくつかの各国盤で聴き比べてみたい。
B面の"Rain"も無視する訳にはいかないので、併せてあれこれ書いていこう。
The Beatles
Paperback Writer / Rain
US盤(Scranton Pressing)(1966年)モノラル
Capitol Records
5651
SideA:45-X-45493 T6 /IAM\
SideB:45-X-45494 P5 /IAM\


本国イギリスの6月10日に先駆けて、5月30日に発売されたUSキャピトル盤。
本来はこの様なピクチャー・スリーヴが付いているが、手元にある本盤は無くなってしまっている。
USキャピトル盤と言うと、何となくイマイチな印象がある。擬似ステレオに過剰なエコー、そして「ホワイト・アルバム」のカッティングでジョージにダメ出しをされた話などから、個人的に悪い印象が刷り込まれてしまっているのだ。
だが、実際に聴いてみると、なかなか悪く無いこともあるのがUSキャピトル盤である。
では、本盤はどうかと言うと…
”Paperback Writer”でのギター・リフの押し出しの強さ、同曲および"Rain"でのベースの圧力。A面B面ともに良い意味で荒々しいサウンドで、迫力がある。
良いじゃないか、USキャピトル盤、と思える盤である。
The Beatles
Paperback Writer / Rain
デンマーク盤(1966年)モノラル
Parlophone
R 5452
SideA:7XCE 18380-2 KT
SideB:7XCE 18381-2 KT




UKマザーのデンマーク盤。
マトリクスの枝番はA面B面ともに「2」だが、UK盤もこれが初盤。
このシングルのUK盤は迫力があると定評があるが、UKマザーであるデンマーク盤も基本的に同じ音。しかもプレス枚数はイギリスより圧倒的に少ないので(当時のデンマークの人口はイギリスの1/10以下)、UK盤の初期プレスと同等の音がするはずである。
では、実際の音はどうかと言うと…
”Paperback Writer”、"Rain"ともに期待通り鮮度が素晴らしく良い。”Paperback Writer”ではキレの良いギターが堪能出来るし、"Rain"ではスタジオでジョンがマイクを前に歌うのが見える様だ。
加えて、何と言っても圧の高い迫力のある音。「ラウド・カット」、「爆音」と言っても良いだろう。
そして、特筆すべきはポールのベースである。押し出しが強く、輪郭がはっきりとした音で、しかもメロディックなベース・ライン。"リード・ベース"と呼びたくなるほど目立っており、これはもう曲の主役である。
マーク・ルーイスンの著書「ザ・ビートルズ レコーディング・セッションズ」(1988年)に興味深い記述がある。
アメリカでカッティングされるレコードの音質が、イギリス盤よりもはるかに優れているのはなぜか、アビイ・ロードでは以前からその理由を模索していた。イギリスのレコードの場合、特にベース・サウンドが弱かった。ウィルソン・ピケットの特定のレコードのベース音が、ビートルズのどのレコードよりもずっといいのはなぜか、とジョン・レノンに質問されたのを、ジェリー・ボイズは鮮明に覚えているという。確かに1966年までのビートルズのレコードでは、熱心に耳を傾けないとポールのベース・プレイがよく聴き取れない。だが"Paperback Writer"から状況が一変した。このレコードでいちばん目立つのはベースなのだ。
「"Paperback Writer"は、本来の刺激的なベース・サウンドをそのまま捉えた最初の曲だ」とジェフ・エメリック。「そもそも、ポールはいつものヘフナー・ベースではなくリッケンバッカーのベースを弾いた。それからラウドスピーカーをマイクに使って、サウンドを増幅したんだ。ベース・スピーカーの真ん前にラウドスピーカーをセッティングすれば、その振動板の動きによって電流が生じる」。これを考案したのもケン・タウンゼントだ。(中略)
ジェフ・エメリックはディスク・カッティングの経験から、ベース音の高さが針飛びの原因になりかねないようなレコードを100万枚もプレスするとなれば、レコード会社がいい顔をしないのを知っていた。 "Paperback Writer"のマスター・ラッカー盤を作ったのは、やはり後年一流のエンジニア/プロデューサーとなるトニー・クラークだ。「あれはEMI初の高レベル・カッティングで、僕は裏方の連中が考案したばかりのすばらしい新機材を使ったんだ――ATOC、すなわちオートマティック・トランジェント・オーバーロード・コントロールというやつさ。(中略) ATOCを使ったのと使わないのと、2種類の盤を作ってジョージ・マーティンに聴かせたら、彼は高レベルのほうを選んだ」
なるほど、EMIのエンジニア達の創意工夫によって、ポールの素晴らしいベース、圧の高い迫力のある爆音が実現し、そして「2種類の盤を作ってジョージ・マーティンに聴かせたら、彼は高レベルのほうを選んだ」から、初盤が「2」になった、という訳だ。
ということで、素晴らしい音のデンマーク盤である。
The Beatles
Paperback Writer / Rain
ドイツ盤(1966年)モノラル
Odeon
O 23 210 / 45-O-29 567
SideA:7XCE-18380-1
SideB:7XCE 19381-1




レーベルがOdeonであるドイツ盤。
ドイツ盤は、解像度が高い一方で音が硬い印象がある。ただの印象だけで無く、"Strawberry Fields Forever / Penny Lane"といったシングルでは実際にそう感じる。
一方で「プリーズ・プリーズ・ミー」ドライ・ミックス、「サージェント・ペパー」ステレオ、「マジカル・ミステリー・ツアー」全曲リアル・ステレオと、ステレオ盤では無類の音の良さを誇るのもドイツ盤。
では、本盤はどうかと言うと…
"Paperback Writer"、"Rain"とも音が硬いと言うか、少々窮屈な感じがする。と言うか、他の盤に比べて音量・音圧が明らかに低い。ボリュームを一目盛上げると悪くは無いが、もう少し音に圧が欲しいところである。
ちなみに、音に歪みが出やすいとされる内周を避けようとしたためか、デッドワックス(ランアウト)部分が明らかに広い。これが音量・音圧の低さに繋がっているのだろう。
と、少々物足りないドイツ盤なのだが、ピクチャー・スリーヴ裏面がなかなか面白い。
ビートルズ・スタイル
ビートルズ・ファン必携!
スタイリッシュ、ヤング、魅力的!
Filtralがお届けするサングラスです
サングラスの広告になっている。
"Paperback Writer"のプロモーション・ビデオで、メンバーがサングラスを付けていることに由来しているのは間違い無いだろう。
音は少々物足りないが、サングラスの広告から当時の空気感が伝わってくるドイツ盤である。
The Beatles
Paperback Writer / Rain
オランダ盤(1966年)モノラル
Parlophone
R 5452
SideA:7 XCE 18380 Ⅱ HA006373-3
SideB:7 XCE 18381 Ⅰ HP006374-2




オランダ盤にはUKマザーを用いたタイトルも存在するが、本盤は独自カッティングである。
オランダ盤は、クラシック界隈などでカッティングやプレスの技術が高いと定評があるだけに、クリアな音質と適度な音圧のバランスが取れた音といった印象がある。
では、実際にはどうかと言うと…
"Paperback Writer"、"Rain"ともに、音に雑味が一切無く、すっきりとした綺麗な音。やや高音域寄りで見通しの良いクリアな音像だ。
"Strawberry Fields Forever / Penny Lane"もやや高音域寄りで見通しの良い音であり、この頃のオランダ盤の特徴なのだろう。
加えて、爆音とまではいかないものの、音圧も申し分無く、迫力がある。ポールの"リード・ベース"の素晴らしさも存分に感じられる。
そして、鮮度も高く、一つ一つの楽器が鮮明に聴こえ、ボーカルも近く感じる、とこれまた申し分無い。
正にバランスの取れた素晴らしい音で、期待通り、いや期待以上の音。
音質、音圧、鮮度と全てが高い次元の、理想的な音と言っても良いオランダ盤である。
The Beatles
Paperback Writer / Rain
日本盤(1966年)モノラル
Odeon
OR-1529
SideA:7XCE-18380-2 2 2 〄 E6 F6 2
SideB:7XCE-18381 2 〄








1966年、つまり昭和41年6月15日に発売の日本盤。
レコードが赤い半透明の「赤盤」と普通に黒い「黒盤」が同時に発売されたらしい。「赤盤」の方が人気があるとされるが、本盤は「黒盤」である。
独自カッティングなのだが、マトリクスの枝番はA面B面ともに「2」となっている。1回目が上手く出来なかっただろうか? それともUK盤に合わせて「2」と刻印したのだろうか? …どうも後者の様な気がする。
EP「Magical Mystery Tour」でも似た事例があるので、きっとそうに違い無い。
さて、肝心の音はどうかと言うと…
マトリクスの枝番が「2」だからと言って、当然のことながら「ラウドカット」でも「爆音」でも無い。
だが、"Paperback Writer"、"Rain"ともに十分に音圧が感じられ、ポールのベースも確りと鳴っている。
また、音も明瞭で、ギターもボーカルも気持ち良く響く。特にボーカルが近く感じる。
オランダ盤とドイツ盤の間にあって、オランダ盤寄りのバランスの良い音で、その丁寧な音作りには好感が持てる。なかなか良い音だ。
このシングル盤の音を聴いた上で、日本武道館に向かった人もいるだろう。日本武道館で初めて聴いて、その後にこのシングル盤を買った人もいるだろう。
いずれにしても、60年前の「ビートルズ来日公演」当時に聴かれていたのはこの音なのだ。
そう思うと、何とも感慨深い日本盤である。
以上、5枚の各国盤を聴き比べてみた。
盤質の差や人による好みの差もあるだろうから一概に言い切ることは出来ないが、あえてその音を★の数で表すとすると、この様な感じだ。
オランダ盤 ★★★★★
デンマーク盤 ★★★★★
US盤 ★★★★☆
日本盤 ★★★★☆
ドイツ盤 ★★★☆☆
それにしても「ビートルズ来日公演」から60年。
その直前にこのシングルが発売されてから60年。
日頃から1960年代のレコードを聴いているので「60年前 / 1966年」と言われても普通に受け止めるだけだが、和暦で「昭和41年」と言われると、もの凄く昔のことに感じる。「生まれる前のことじゃないか!」と…
そうなのだ。60年も前のことなのである。
そんな60年前のことが今持って話題になり、また60年前のレコードが今持って良い音で聴ける。
そう思うと、何とも感慨深いことである。









