Steely Dan(スティーリー・ダン)の 5thアルバム The Royal Scam。
アルバムタイトルを直訳すると王様の詐欺、高貴な詐欺、一流の詐欺といったところだが、邦題は「幻想の摩天楼」。
どこをどうやっても、幻想の摩天楼にはならない。収録曲の中にも摩天楼(skyscraper)は出て来ない。
「インディじゃないんですから、タイトルで詐欺はマズイですよね」「一流の詐欺とか書いた帯を付けて店頭に置けないよなぁ」「こんなジャケットなので、幻想の摩天楼はどうですか、摩天楼はAORっぽいですし」と日本のレコード会社(日本コロンビア?)が付けたのだろう。
まあ、フェイゲンもベッカーも"外す"のが好きそうなので、幻想の摩天楼、気に入ってくれたのではないか、と。
タイトルのみならず、全ての曲に邦題が付けられているが、中でも以下が秀逸(歌詞の内容から付けられたのだろうが、まるで昭和の映画館の看板のようだ。が、このセンスは嫌いではない)。
滅びゆく英雄 - Kid Charlemagne
最後の無法者 - Don't Take Me Alive
狂った町 - Sign in Stranger
裏切りの売女 - Everything You Did
曲としては、滅びゆく英雄(←えらい大仰だ)がダントツに素晴らしい。クラビネットの刻む様な音から始まり、ドラムが入ってくるところは、これ以上の演り方は無いといった感じ(実際、後のライブ盤でもこのノリは再現できていない)。その後もバーナード・パーディが刻むドラム、チャック・レイニーが弾くベースが正にグルーヴを体現している。
そして、何と言ってもラリー・カールトンのギターソロ。彼のギターソロの中でも屈指の名演、ベストの演奏とされているが、これを聴いてしまうと、これ以外は考えられない。
次に個人的に好きな曲は、最後の無法者(←西部劇映画かよ)。初っ端からラリー・カールトンのギターソロが炸裂する。滅びゆく英雄もそうなのだが、フュージョンとロックの間といった感じのギターだ。音使いはフュージョンなのだが、オーバードライブの掛かった音色と荒い感じのピッキングやグリスがロックを感じさせるのか。
あと、この曲は歌詞がハードボイルド。父親殺しで逃亡中の男がダイナマイトを抱えて建物に立てこもっているうちに、徐々に狂っていく様子がモノローグで語られる。フェイゲンの苦味ばしった声がこれまた合う。
I'm a bookkeeper's son/I don't wanna shoot no one/Well, I crossed my old man back in Oregon/Don't take me alive
俺はただの帳簿係の息子だ/誰かを撃ち殺してやろうなんて思ったことはない/なのに、戻ったオレゴンで親父を殺してしまった/もう俺は生きていられない(俺を生かしておくな)
Got a case of dynamite/I could hold out here all night/Yes, I crossed my old man back in Oregon/Don't take me alive
ダイナマイトを抱えて/ここで夜通し持ち堪えてやったぜ/そうさ、俺はオレゴンで親父を殺した/そんな俺を生かしておいて良いのかい(俺を生かしておくな)
その他全ての曲で、トップスタジオミュージシャン達のプロの仕事が堪能できる(ジャズ界から、ヴィクター・フェルドマン、ドン・グロルニックが参加している)。
最高傑作と言われるものの一つ二つ前の作品には昇り詰める一歩手前ゆえの熱量、躍動感、実験精神が溢れていることが多く、個人的にはそんなアルバムが好きだ。
「Sgt. Pepper の一つ前:Revolver」「A Night At The Opera の二つ前:Queen II」などが良い例だが、
「Aja の一つ前:The Royal Scam(幻想の摩天楼)」もこれに当たる。
...で、ここからが「レコード評議会」の本題。
好きなアルバムを良い音で(そして色々な音で)聴きたい、という想いから、US盤、UK盤、そしてイスラエル盤と順次入手してきたのだが、音が明らかに違う。
The Royal Scam
US盤(1976年)
ABC Records
ABCD-931
SideA:ABCD-931-A 1D AZ [flower] A26 S
SideB:ABCD-931-B 1B AZ [seagul] E14 I S
以前にもUS盤を持っていたのだが、深いキズがあってブチブチ鳴るため、好きなアルバムだし買い替えるか、と入手したのがこれ。
針を下ろしてみると、あれ?音のキレが全然違う。エッジが立っていて、楽器の輪郭がくっきりしている。
プレス工場違うのか?(アメリカは国が広いためカッティングやプレスが各地で行われている)とも思ったが、同じ系統のマト(Matrix)で、Discogsによると両方ともSanta Maria Pressing(カリフォルニア州サンタマリアの工場でのプレス)。
ただ、マトの枝番が違っている。以前から持っていた盤は1C/1A。後から入手した盤は1D/1B。
音の違いは、カッティングの差なのか?(*1)、それとも個体差なのか?(*2)
*1:1C/1Aで納得がいかず、カッティングし直した?このため1D/1Bの方がエッジの効いた音になった?
*2:プレス枚数が多くなると、音の鮮明さや輪郭は少しずつ失われていくもの(音がヘタると呼んでいる)。持っていた1C/1Aは偶々ヘタった盤だった?
まあ理由はともかく、1D/1Bの方が良い音で鳴ることに変わりはない。
好きなアルバムがより良い音で聴けるようになって大満足、買い替え成功、と一人悦に入るのであった。
The Royal Scam
UK盤(1976年)
ABC Records
ABCL 5161
Side1:ABCL 5161 A2 A 3
Side2:ABCL 5161 B1 C 3
一般的に音質については、米国レーベルはUS盤が、英国レーベルはUK盤が良いとされる。
輸出のためにテープ(アナログ音源)をコピーする工程が無い分だけ音の鮮度が高いので、録音されたところでカッティング、プレスされた盤の音が一番良い、という訳だ(コピー劣化が無いとされるデジタル音源はこれに該当しない)。
だが、中古レコードにおいては、UK信仰とも言うべき現象が存在する。何故かUK盤というだけで"売り"になるのだ。値段も高め。
例えば、「Queen / A Night At The Opera - US盤!希少」というのは無いが、「Grateful Dead / Wake Of The Flood - UK盤!希少」というのは有る。
Atlantic、Reprise、CBS、Warner Bros.などの米国レーベルのUK盤を何枚か聴いたが、US盤がのびのびとしたした音なのに対して、UK盤は硬質な音。US盤が開放的なのに対して、UK盤は箱庭的、という言い方も出来る。
良く言うなら引き締まった音だが、悪く言うなら拡がりの無い硬い音といった印象だ。
… UK盤というだけで、全てが良いとは思えないのだが?
実際、Grateful Deadは圧倒的にUS盤の方が音の伸びや拡がりが良い。一方で、UK盤は音が硬くて彼らの良さが感じられない。(←あくまでも個人的感想です...)
と、揶揄するようなことを書いておきながら何なのだが、幻想の摩天楼のUK盤、どういう音がするのか、是非にも聴いてみたい、という想いに駆られ、Discogsで英国から取り寄せた。
で、どうだったかと言うと、これが当たりでした。
思っていた通り、硬質な音なのだが、これがSteely Danの音に合う。
US盤の方が鮮明な音、新鮮な音であるのは間違いないのだが、UK盤の硬く引き締まったような音の響きが、Steely Danのハードボイルドな世界に何とも似合っているのだ。
音響的・音質的な観点ではUS盤の方が良い音だと思うが、UK盤のハードボイルドな響きも捨てがたい。
「僕が言いたいのは、米国レーベルのUK盤の音ですけど、良いものもある、悪いものもある」(増殖/YMO)
The Royal Scam
イスラエル盤(1976年)
ABC Records
ABCD 931
Side1:ABCD-931-A 1C AZ [flower] Q H SX I S
Side2:ABCD-931-B 1B AZ [seagul] SX G Q I S
日頃から愛読しているブログ(shiotch7の明日なき暴走、B-SELS)にBeatlesのイスラエル盤はドラムとベースの音がスゴイとの記事があり、そんなに凄いのか?と思い、Abbey Roadを入手したところ、確かにこれは凄い!
UKオリジナル盤と同じマザーなのに全体的に音量が大きく、中でもドラムとベースの押し出し感が凄い。プレスの仕方に原因があるのか?ビニール材質に差があるのか?いずれにせよ、凄い音がする。
…待てよ。ということは、Beatles以外もイスラエル盤は凄い音がするのか?
Steely Danもあるのか?幻想の摩天楼もあるのか?
USマザーなのか、UKマザーなのか、はたまた独自カットなのか、事前には一切分からなかったのだが、いずれにせよ聴かねばなるまい!とDiscogsでイスラエルから取り寄せたのがこの盤だ。
盤が届き、梱包を解くと、US盤ジャケットをカラーコピーしたような感じのジャケット(海賊版/カウンターフィット盤かと思うレベル)、裏面には歌詞が印刷されており、当然のようにインナースリーヴは無い。(ジャケットはぼろくても、音さえ良ければOKなので、ノープロブレム)
そして、マトを確認してみると、USマザーの1C/1B。
で、肝心の音はと言うと、これが大当たり。
バーナード・パーディのドラム、チャック・レイニーのベースが凄い音で鳴る。US盤やUK盤と比べて3割増しの音量で響く。音量だけで無く、力強さが倍増している。パーディの腕、レイニーの指が筋力アップしたかのようだ。
その他の楽器の鳴りも素晴らしく、鮮明でキレのある音。また倍音も良く出ていると感じる。正直に言って、同じマザーのUS盤より一段も二段も上の音だ。
凄いな、イスラエル盤。しかし同じUSマザーなのに何故こうも違うのだろう?と考えるに…
ドラムやベースなどの低音については、レコードの原材料である塩化ビニールの材質の差なのではないか。レコード溝を針がトレースして音が出る訳だが、イスラエル盤は偶然にも低音の響きを増すような材質だったのではないだろうか。
そして、音の鮮明さ、キレの良さについては、プレス枚数が原因だと思う。初期にプレスされた盤はそれは素晴らしい良い音がするのだろうが、US盤はプレス枚数が多いので、そんな盤に巡り合うことは殆どない。一方でイスラエル盤はプレス枚数も少ないだろうから、US盤の初期プレス並みの音が味わえる。…違うかな?
と、各盤の違いを味わったり、あれこれ推測したりするのは楽しいですな。
最後に、ジャケット右下、ベンチに横たわる男の靴をご覧ください。
左から、US盤、UK盤、イスラエル盤。
イスラエル盤は靴の裏が赤っぽく着色されています。何故?
おまけ情報
Steely Danにのめり込む切っ掛けとなったのがこの本。
FUSION AOR DISC GUIDE(2001年)
主観満載のディスクガイドで、全部で230ページのうち、Steely Dan関連だけで50ページ近く割かれている。
あのアルバムはああだとか、この曲はこうだとか、バックのミュージシャンは誰だとか、ここでのプレイが最高だとか、熱くマニアックに語られる。
その他、この本のおかげで知ったミュージシャンやアルバムも多く、今でも重宝しています。
おすすめ。