所変われば品変わると言うが、レコードにおいてもそうで、同じタイトルのものでも色々だ。
レコードはリリースされる国毎に、独自にカッティングされることが多く、音質や音圧、音のイメージは随分と変わる。
好みに合う良い印象のもの、好みに合わない悪い印象のもの、その盤によりけりではあるが、例を挙げると以下のような感じだ(あくまでも個人的感想です)。
・US盤:のびのびしている、開放的 / ゆるい、雑
・UK盤:引き締まっている、濃密 / 箱庭的、窮屈
また、メタルマザーが同じ(※)でも、プレス工程における差や、レコードの原材料である塩化ビニールの材質の差から、音の響きが違ってくることもある。
※ 日本だと、帯に「輸入メタル原盤使用」と書いてあったりする。
様々な盤を聴いて、明らかに違うと実感したものとしては以下がのものある。
・トルコ盤:音がドライで歯切れが良い
・イスラエル盤:低音(ベース、ドラム)の鳴りが凄い
収録曲が違う、曲順が違うというのもある。
例えば、60年代中旬までのビートルズやストーンズなどでは、同じタイトルでもUK盤とUS盤で収録曲が異なる。
そして、LPではジャケット、シングル盤ではピクチャースリーヴと呼ばれるカバーの違い。
デフジャケ(Different Jacket)と言われるものだが、特に60年代はデフジャケだらけだ。
シングル盤は、そもそも本国はカンパニースリーヴ(※)で、各国それぞれが独自にデザインしてカバーを作っている、といったことも多い。
※ カンパニースリーヴの例
ということで、今回の「レコード評議会」は、これを議題とする。
The Beatles
Lady Madonna(7" Single)
フランス盤(1968年)モノラル
Odeon / EMI
FO 111
SideA:7XCE 18438 21 M3 258345
SideB:7XCE 18439 21 M3 258346
A:Lady Madonna
B:The Inner Light
"レディ・マドンナ"(ビートルズ)のフランス盤シングル。
本国のUK盤はカンパニースリーヴなのだが、このフランス盤のカバーはビートルズの写真を使うでもなく、わざわざこのシングル盤のためにデザインされたものだ。
アール・ヌーボー風で、手も込んでいる。
よく見ると、右下に trambouze との記載がある。
調べてみると、Jean-Claude Trambouze というフランスのグラフィック・デザイナー、イラストレーターの手によるものとのことだ。
Discogsに彼の仕事が掲載されている。
特に1950〜1960年代のイラストものは、洒落たものが多く、見ているだけで楽しい。
この"レディ・マドンナ"も秀逸なデザインで、見ているだけで楽しいものだ。
しかし、何故にアール・ヌーヴォー風なのか?
何故だろう?
で、こんなことを考えてみた。
Madonnaとは、古イタリア語の「ma donna:私の淑女」を由来とした言葉。
(「聖母マリア」を意味するものでもある。)
古フランス語に置き換えると「ma dame:私の淑女」で、それを由来とした言葉がフランス語のMadame。
(既婚の女性、年長の女性、地位の高い女性、あるいは女性全般に対する敬称として使われる。)
つまり、Madonna(マドンナ)とMadame(マダム)は、両方とも「私の淑女」という意味の同じ語源を持つ言葉ということだ。
さてここで、"Lady Madonna"とのタイトルを見たフランス人は、どのようなイメージを持つだろうか?
フランス語のMadame(マダム)を想起するのではないだろうか?
1960年代後半において、Madame(マダム)は、地位の高い既婚女性を指すのだろうから、そのイメージなのであれば、このカバーデザインは「なるほど、あり」と思う。
ビートルズは1967年に入ってから、サイケデリックな雰囲気を持つカラフルなシングル、アルバム、EPを立て続けにリリースしている。
(1967年2月) Strawberry Fields Forever / Penny Lane
(1967年6月) Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
(1967年7月) All You Need Is Love / Baby, You're a Rich Man
(1967年11月) Hello, Goodbye / I Am the Walrus
(1967年12月) Magical Mystery Tour
(1968年3月) Lady Madonna / The Inner Light
それに続くシングルが"レディ・マドンナ"なのであり、その流れからしても、このカバーデザインは「なるほど、あり」と思う。
だがしかし、"レディ・マドンナ"はそれまでのサイケデリックでカラフルな曲とは打って変わって、ロックンロール調の曲。
また、B面はインド色全開の"ジ・インナー・ライト"。
はっきり言って、曲のイメージにこのカバーデザインは全く合っていない。
恐らく、Trambouzeは曲を聴かずに、タイトルのイメージだけで描いたのだろう。
フランスのレコード会社も、サイケデリックでカラフルな曲を勝手にイメージして、このデザインを良しとしたのだろう。
このレコードに針を下ろしたフランス人は驚いたに違いない。
A面「え? このカバーデザインで、ロックンロール?? サイケでカラフルなビートルズはどこ??」
B面「え? インド音楽?? アール・ヌーヴォーとインドの融合なの??」
うーむ、これは、騙し討ちのようなものではないか?
いや待てよ? もしかすると、こういう曲だと分かったうえで、驚かすために、わざとこのデザインにしたのか…
そうだとすれば、Trambouze、なかなかの業師だな…
と、勝手な想像を巡らし、適当なことを書いたが、いかがだろうか?
当たらずとも遠からず、ではないかと思うのだが...
最後に、このカバーの「デフジャケ」を掲載しておく。
先に掲載のものと見比べてみて欲しい。
そう、「The」の有無の違いだ。
先に掲載のものは"The Lady Madonna"となっているが、正しくは"Lady Madonna"。
リリースした後で間違いに気付き、「The」を取って差し替えした訳だ。
やはり、いい加減だったのか...
いや、もしかすると、これもわざとか?
(追記)
カバーデザインについてばかりで、危うく音について書きそびれるところだった。
フランス盤は何となく優雅なイメージがあるが、意外とパンチの効いた音が楽しめるレコードが多い。
このシングル盤も、パンチの効いたモノラルサウンドで、結構な良音。
それと、手を口に当ててコーラスを入れているところ(パパー、パパパパパーのところ)は、おフランスっぽい響きで中々宜しいかと。
(おまけ)
Madonnaのもともとの意味は「私の淑女」だが、Ladyの意味も「淑女、貴婦人」。
同じような言葉を被らせている訳だ… 面白い。