今回の「レコード評議会」は前回の続きといったところ。
前回こんなことを書いた。
映画「2001年宇宙の旅」に「ツァラトゥストラはかく語りき」の冒頭部分が使われた。
サントラ盤に収録されたのはベーム&ベルリン・フィルの演奏だった。
しかし、実際に映画で使われていたのは、カラヤン&ウィーン・フィルの演奏だった。
ということで、今回採り上げるのはこの盤。
Also Sprach Zarathustra
Vienna Philharmonic
UK盤(1968年〜1970年代初め)
Ace Of Diamonds
SDD 175
Sede1:ZAL-4449-9W C JT 1
Sede2:ZAL-4450-6W BU JT 1
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
映画「2001年宇宙の旅」で使われたカラヤン&ウィーン・フィルの演奏。
カラヤンのデッカ(Decca)への初録音であり、1959年に発売されたものが初盤(オリジナル盤)。ジャケットはこれ。
で、このレコードはデッカの再発レーベルであるAce Of Diamondsから1968年に発売された再発盤(センターレーベルの文字から手元にある盤は1970年代初めのものらしい)。
ジャケットにはリヒャルト・シュトラウスの顔があしらわれている。
さて、映画「2001年宇宙の旅」(映画会社:MGM)ではカラヤン&ウィーン・フィルの演奏が使われているのに、サントラ盤(MGMレコード)にはベーム&ベルリン・フィルの演奏が収録されている件だが、何故こんなことになってしまったのか?
ネットに色々と書かれているが、おそらくこういうことだったのではないだろうか?
映画監督のスタンリー・キューブリックはMGMにこんな要望を出した。
キューブリック「映画にクラシックの演奏を使用したい。一つはカラヤン(&ウィーン・フィル)のツァラトゥストラはかく語りき。もう一つはカラヤン(&ベルリン・フィル)の美しくしき青きドナウ。手続きは諸々あると思うが、よろしくお願いしたい」
カラヤンの「美しくしき青きドナウ」はドイツ・グラモフォンが権利を持っていたが、同社とMGMとの間には配給契約が結ばれていたため、話はすんなりとまとまった。
一方で、カラヤンの「ツァラトゥストラはかく語りき」はデッカが権利を持っていたため、話は簡単では無かった。
デッカは米国ではロンドン(London)のレーベル名でレコードを発売していたこともあり、デッカとMGMとの間に配給契約が結ばれていなかったのだ。
自社(デッカ)の音源を他社(MGM)に提供するとなると使用料が入って来る一方で、使用範囲を決めたり、演奏者(カラヤン)にも使用料を払ったりと、諸々条件を詰める必要があった。
そこでまずはデッカがカラヤンに軽く打診してみると…
デッカ「MGMが2001年宇宙の旅という映画にツァラトゥストラはかく語りきの冒頭部分を使いたいという話があるようです。冒頭部分の2分弱だけですし、問題無いですよね?」
カラヤン「そういうことは、きちんとしなければいけない。正当な報酬は要求させてもらいたい」
デッカ(…やっぱり、そう言うか…)「では、もし具体的に話があったら、その時はその点も踏まえてMGMと交渉します」
で、カラヤンとの話を踏まえて、デッカはMGMと交渉をしたのだが…
デッカ「使用料の件ですが、演奏者(カラヤン)への使用料等を踏まえると、これくらいで如何でしょうか?」
MGM「使いたいのは冒頭部分の2分弱だけですから、そこまで高い使用料は考えていません。これくらいまでなら用意する準備はありますが」
デッカ(その金額ではカラヤンを説得するのは無理だな… 話をまとめたとしても会社の利益も殆ど無いし… 曲の冒頭2分弱だけのことなのに、あれこれ面倒だな…)「映画で使うのはカラヤンの演奏で無くても良いのではないですか?配給契約先で使えそうな演奏はありませんか?お互いのため、MGMからこの話を取り下げてもらえませんかね」
MGM「そうですね。確か配給契約先のドイツ・グラモフォンにベームの演奏があります。それではその方向で検討します。お手数をお掛けしました」
こうしてMGMはキューブリックに話をしたのだが…
MGM「色々と契約の絡みがありまして、ベームの演奏で如何でしょうか?」
キューブリック「イメージに合うのはカラヤンの演奏。他は考えていない。それに演奏のテンポに合わせてフィルムも編集済みだ」
MGM「え、そうなんですか…(これはマズい)」
キューブリック「その他の撮影も完了しているし、編集も殆ど終わっているので、完成まであと少しだ」
MGM「…分かりました」
追い込まれたMGMはデッカにこう持ちかけた…
MGM「キューブリックが譲らず、映画も殆ど完成しています。カラヤンに承諾をいただけないのであれば、正式な契約は出来ないのでしょうが、これだけの使用料は用意します。とにかく使わせてもらえませんか?」
デッカ「そう言われても、カラヤンが承諾しなかったら、どうしようもないですよ」
MGM「映画のエンドロールに演奏者は表記しません。サントラは別の演奏に差し替えします」
デッカ「それって、カラヤンには黙っておく、ということですか… もしバレた時はMGMが勝手に使用していた、ということにしますよ」
MGM「それでも結構です。ただ、デッカからMGMを訴えるということはナシでお願いします」
デッカ「分かりました。では、お互いにカラヤンの名前は表に出さないということで…」
こうして映画は完成し、1968年4月公開となった。
エンドロールで挿入曲ごとに演奏者がクレジットされているのだが、「ツァラトゥストラはかく語りき」だけは演奏者がクレジットされなかった。
そしてサントラ盤には配給契約先ドイツ・グラモフォンが権利を持っているベームの演奏が収録された。
映画は大ヒット。
印象的な「ツァラトゥストラはかく語りき」も人気曲となり、レコード各社がこの曲を発売した。
ベームのドイツ・グラモフォン盤も再発され、大いに売れた(映画に使われてのはベームの演奏と認識されたことも売上に大きく寄与した)。
この映画の大ヒットにデッカは後悔した。
映画で使われている演奏と宣伝出来るのなら、カラヤンのデッカ盤は大いに売れただろう。だが、カラヤンに黙って使用を許可したため、公にする訳にはいかない。再発レーベルAce Of Diamondsから映画公開と同じ1968年に再発盤を出したが、映画に使用された演奏はこれだと宣伝することが出来なかった。
デッカは大いにほぞを噛んだが、後の祭りだった。
カラヤンのほうはと言えば、映画を見たところ、自分の演奏が使われているのに気が付いた。
デッカにクレームを入れたが、MGMが使用していたなんて自分達は知らなかった、とシラを切られた。
演奏が勝手に使われたことに加え、逸失利益があった(きちんと契約をしていれば映画に演奏者がクレジットされ、レコード売上に寄与したはず)として、デッカとMGMを訴えることも検討した。だが最終的には、音楽・映像業界の大手企業とケンカをしても良いことは無い、ここは「貸し」にしておこう、と告訴はしなかった。
以上、一部憶測も含めて、こんなやりとりが展開されたのではないかと思うのだが、どうだろう?
さて、そんなごちゃごちゃした背景はともかくとして、内容はカラヤンらしくスピード感があって、キレのある演奏だ。
そして音の方はどうかと言うと、クラシックのレコードは再発盤でも鮮度が高く維持されていることが多い。
クラシックは将来にわたる継続的な販売を念頭に制作されているため、マスターテープの保管がしっかりとされているのだろう(一方、ロックなどでは、クリムゾン・キングの宮殿は一時期紛失していたり、Love Me Doは廃棄されたりと、ぞんざいな扱いも多い)。
で、デッカの再発レーベルAce Of Diamondsから発売されたこの盤だが、音はかなり良い。
Side1:9W、Side2:6Wとマトも進んでいるが、鮮度も失われておらず、デッカらしい煌びやかでキレのある音がする(Side1:1 C (3番目)、Side2:1 BU (12番目) とマザー・スタンパーが若いこともあるのだろう)。
Discogsで調べてみると、初盤(オリジナル盤)から再発盤まで含めてマトは若い順に以下の通りで、9W・6Wといっても実質4番目のマトのようだ。
Side1:3E、7D、8E、9W、10W
Side2:2E、4D、5E、6W、7W
最初のうちは納得いくカッティングするのに苦労した跡が伺える。
なお、E、D、W はカッティングしたエンジニアの記号。
ともかく、初盤(オリジナル盤)だろうと再発盤だろうと音が良ければそれで良しなので、この再発盤も結構気に入っている。
ただ、このジャケットのセンスはどうなんでしょう?
チープと言うかキッチュと言うか、何故こんなデザインにしたのだろう??
インパクトはあるけど…