前2回にわたって「鑑識レコード倶楽部」に登場している曲を採り上げた。
"ハッピー・ジャック"と"マジック・バス"、いずれもザ・フーの曲だ。
で、ザ・フーはもう1曲登場している。
パブの別室で開かれる「鑑識レコード倶楽部」の場で、メンバーが順にレコードをかけているくだり。
デイヴが〈Anyone Can Make a Mistake〉で続き、そのあと会合ははじめの礼儀正しいトーンに戻った。マイクが出したのは〈Ain't Got a Clue〉で、ルパートは〈Redemption Song〉を選んだ。ジェームズの2枚目は〈Won't Get Fooled Again〉で、クリスは〈You Can't Always Get What You Want〉を出してきた。俺は〈Do Anything You Wanna Do〉で第1巡目を締めた。
Anyone Can Make a Mistake:The Wedding Present
Ain't Got A Clue:The Lurkers
Redemption Song:Bob Marley & The Wailers
Won't Get Fooled Again:The Who
You Can't Always Get What You Want:The Rolling Stones
Do Anything You Wanna Do:Eddie & The Hot Rods
分かったのは2曲だけ。1曲はああそうか、と。残りは全く知らない。
ということで、今回の「レコード評議会」はこれを採り上げよう。
Won't Get Fooled Again
US盤(1971年)
Decca
32846
SideA:7 123555 13 I
SideB:7 123556 12 I
A. Won't Get Fooled Again
B. I Don't Even Know Myself
ザ・フーの最高傑作アルバム「フーズ・ネクスト」の先行シングル。
シングルのリリース日
UK盤:1971年6月25日
US盤:1971年7月17日
アルバム「フーズ・ネクスト」のリリース日
UK盤:1971年8月25日
US盤:1971年8月14日
以前に書いた「フーズ・ネクスト」はこちら☟
邦題は"無法の世界"。
歌詞の内容が変革・革命について歌っているということで、その様にしたのだろう。
政治や体制が変わったとしても、スローガンが変わったとしても、左寄りが右寄りになったとしても、どれもほとんど同じようなものさ。二度と騙されるのは御免だ(We don't get fooled again)
新しい指導者って言っても、前と同じさ(Meet the new boss Same as the old boss)
が、"無法の世界"は意訳が過ぎる。何か違う感がある。
そう思うのは私だけだろうか?
さてこのシングルだが、アルバムに収録されたものとは長さが違う。
アルバム・バージョンが8分32秒なのに対して、シングル・バージョンは3分35秒と短く編集されているのだ。
冒頭のシーケンサーを使った様なシンセサイザー、歌の2番部分、中間のギターソロ、エンディングに向かう前の間奏部分、ドラムソロなどがばっさりとカットされ、非常にコンパクトに編集されている。
アルバム・バージョンに聴き慣れた耳にはかなり違和感があると思うが、私の場合、最初に聴いたのがベスト盤に収録されていたシングル・バージョンだったため、これはこれでアリとして聴ける。
で、このシングル盤の話に移るが、これは米DeccaによるUS盤だ。
まずセンターレーベルを見て、軽く驚いた。
WON'T GET FOOLED AGAIN
From The Motion Picture "Lifehouse"
"映画「ライフハウス」からの楽曲"と書かれているではないか。
「ライフハウス」は「トミー」に続くロック・オペラ第ニ弾としてピートが構想したもので、アルバムのみならず、映画や劇場をもクロスオーバーさせた「聴衆参加型ロック」という壮大なプロジェクトとして、1971年1月に制作発表までされていた。
ところが、ピートの書いた脚本が難解で、他のメンバーが理解できず、「ライフハウス」プロジェクトは頓挫。最終的に「コンセプトを持った曲によるノン・コンセプト・アルバム」として制作し直され、1971年8月に「フーズ・ネクスト」としてリリースされた。
この様に「ライフハウス」は頓挫したプロジェクトなのだ。当然映画も制作されていない。
ところが、1971年7月のUSシングル盤リリースの段階ではまだ「ライフハウス」プロジェクトが頓挫したとは周知されていなかったため、センターレーベルに"From The Motion Picture "Lifehouse(映画「ライフハウス」からの楽曲)"との表記がなされてしまった、という訳だ。
このUSシングル盤を見て「ライフハウス」に思い入れがあったピートは「うっ…」と呻き、忸怩たる思いに駆られたに違いない。
ちなみに他のメンバーの反応はこんな感じだろう。
ロジャー「あー、これはピートが荒れるな、俺は知らねえよ」
ジョン 「別に気にすることないだろ、どうでも良い」
キース 「おっ、映画作るのか?」
と、あれこれ書いてきたが、肝心の音はどうかと言うと…
45回転のシングル盤だけのことはあって、迫力の点では申し分無い。
特にオーバードライブの掛かったギターが気持ち良く鳴る。
が、ん? 少しエコーが掛かっている??
そこでアルバム「フーズ・ネクスト」US盤を取り出して同曲を聴き比べてみると、微妙にではあるが、やっぱりUSシングル盤にはエコーが掛かっている。
ビートルズのUS擬似ステレオ盤にあるような過激なエコーでは無いが、若干ながらエコー処理が施されている。
曲を切り取って繋いでシングル・バージョンを作った訳だが、編集跡を目立たなくするため、少しエコーを掛けたのだろうか?
うーむ、勿体無いことをする…
エコーなど掛けず、そのままの音の方がよりビシッとした音になったであろうに…
でもまあ、あれこれ言いながら、音の違いを聴くのもレコードの楽しいところ。
このUSシングル盤もお気に入りの一枚であることに変わりはない。
それに、B面の"I Don't Even Know Myself"はアルバム未収録の曲なのだが、楽曲そのものとしての出来も悪く無いし、しかも頗る新鮮で良い音がするので、満足度はかなり高い。
ところで、UKシングル盤ならばどうなのだろう?
もしかすると、エコーが掛かっていないのではないだろうか?
いつか確かめてみよう。
こうして、レコードの「沼」にハマって行く…
1971年のザ・フー
と、ここで、ん?と気が付いた。
「鑑識レコード倶楽部」の文章を今一度見てみる。
ジェームズの2枚目は〈Won't Get Fooled Again〉で、 クリスは〈You Can't Always Get What You Want〉を出してきた。
これを邦題に置き換えてみる。
ジェームズの2枚目は〈無法の世界〉で、クリスは〈無情の世界〉を出してきた。
"You Can't Always Get What You Want"(欲しいものがいつでも手に入るとは限らない)はローリング・ストーンズの1969年アルバム「レット・イット・ブリード」の収録曲で、シングルカット(Honky Tonk WomenのB面)もされている。邦題は"無情の世界"。
そうか、著者マグナス・ミルズはこれを狙っていたのか… なるほどねぇ。
って、そんなことはまず無かろう。ただの偶然だろう。
イギリスの作家が日本の邦題を知っていて、それをネタにこんな文章にするとはまず考えられない。
まあ、なかなか面白い偶然ではある。
ただ、この偶然のおかげで"Won't Get Fooled Again"の邦題が何故に"無法の世界"になったのか分かった気がする。
おそらくこんな感じだったんじゃないか?
1969年のこと、レコード会社(キングレコード)の担当者は頭を悩ましていた。
"You Can't Always Get What You Want"の邦題をどうするか?そのままのカタカナ表記(ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワイト・ユー・ウォント)では長いし、"欲しいものがいつでも手に入るとは限らない"では曲名としてはイマイチだし…
そんな時にヒントになったのが、ルイ・アームストロングの1967年ヒット曲である"この素晴らしき世界"(What a Wonderful World)だ。
こうして、"You Can't Always Get What You Want"は意訳され、"無情の世界"となった。
そして1970年にはスリー・ドッグ・ナイトの"喜びの世界"(Joy To The World)もヒット。
"○○の世界"は日本歌謡曲のみならず、洋楽の邦題でも定着していった。
そんな中、1971年のこと、レコード会社(ポリドール)の担当者は頭を悩ましていた。
"Won't Get Fooled Again"の邦題をどうするか?そのままのカタカナ表記(ウォント・ゲット・フールド・アゲイン)では何だかよく分からない。"二度と騙されるか"、"二度と馬鹿にするな"、"もうその手は食わないぞ"、どれも曲名としてはイマイチだ…
そうだ、"○○の世界"で何か上手く出来ないか?
変革・革命を歌っている様だし、"無法の世界"ではどうだろう?
ストーンズの"無情の世界"に対して、ザ・フーの"無法の世界"というのも良い感じじゃないか!
どうでしょう?
まあ、勝手な想像ですが、それっぽくありませんかね?
シングル一枚に、また長くなってしまった…