レコード評議会

お気に入りのレコードについてのあれこれ

Who’s Next / The Who【US盤、イスラエル盤】

バンド名の頭に「The」があっても、邦名では「」は省略されることが多い。

(例:ビートルズローリング・ストーンズキンクスビーチ・ボーイズ、ドアーズ、スタイル・カウンシルドゥービー・ブラザーズ…)

 

一方、The Who は「ザ・フー」で、「」は省略されない。

ザ・バンド、ザ・ザも省略されない、ザ・スミスは省略されたり、されなかったり?)

 

だから何?という話だが。

 

閑話休題ザ・フーは、ビートルズローリング・ストーンズと並んで、英国三大ロックバンド(昔の括りだが)との一つに数えられる。

 

ただ日本では、ザ・フーは人気が無い。というか、知名度が低い。

ビートルズローリング・ストーンズは殆どの人が知っているだろうが、ザ・フーは殆どの人が知らないと思う。

 

ザ・フー…誰?」とギャグにもならない返しをされるのがオチだ。

 

そんなザ・フーだが、バンドとしての演奏力はもの凄く高い。

 

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キース・ムーン

彼のドラムは、ハイハット、スネアドラム、ベースドラムにより演奏される普通のエイトビートを刻まない。リズム楽器ではなく、リード楽器としてドラムを演奏する。多彩なタム回しとシンバルワークにより、メロディに合わせて歌うかのようにドラムを叩く。ドラムのみの演奏でも、曲が何なのか分かるだろう。

 

ジョン・エントウィッスル

彼のベースはリードベースと言われる。60年代前半のロックでは、ベースはルート音を刻むのが普通だった。そんな時代から彼のベースはリズム楽器ではなく、リード楽器として縦横無尽に動き回る。有名な"My Generation"のベースソロは、当時ギターソロと思われていたという。

 

ピート・タウンゼンド

彼のギターは基本的にリズムギターで、速弾きなどのギターソロは無い。だが、アルペジオ、カッティング、パワーコードと、時に繊細、時にパワフルなプレイで曲を多彩なものにしている。スタジオではアコギも多用する。ステージ上では、腕を振り回しながらのパワフルなコードプレイ(ウィンドミル奏法風車奏法)が有名だ。なお、ほとんどの曲は彼が作るもので、ザ・フーの頭脳とも言うべき存在だ。

 

ロジャー・ダルトリー

彼のボーカルは、上手いかと聞かれたら、そうは言えないかもしれない。だが、直球で攻め込んでくるボーカル、喉の奥から絞り出すようなシャウトは力強く、説得力がある。彼の声でなければザ・フーの曲にならない。ザ・フーボーカリストが務まるのは彼しかいない

 

で、その4人が一体となった演奏は、熱量爆発力破壊力がもの凄い。

その点では、ビートルズストーンズザ・フーには敵うまい(※)

 

ローリング・ストーンズは1968年に映像作品「ロックンロール・サーカス」を制作したが、そこに参加したザ・フーの凄まじい演奏に自分達が霞んでしまうとして、お蔵入りにしたという(28年後の1996年にようやく公開)。

 

その後のハードロックやヘビーメタルでさえ、彼らの持つ音の熱量爆発力破壊力には敵わないのではないか、と思う。

 

 

今回の「レコード評議会」では、そんな彼らの最高傑作を採り上げる。

 

 

The Who

Who's Next

US盤(1971年)

Decca(米Decca)

DL 79182

Side1:MG 12888-W3• 1 ✲

Side2:MG 12889-W3• 1 ✲ ∪∪


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Side1

  A1:Baba O'Riley

  A2:Bargain

  A3:Love Ain't For Keeping

  A4:My Wife

  A5:Song Is Over

Side2

  B1:Getting In Tune

  B2:Going Mobile

  B3:Behind Blue Eyes

  B4:Won't Get Fooled Again

 

まず、このアルバムの制作経緯を記しておく。

 

当初は「トミー」に続くロック・オペラ第2弾として「ライフハウス」の名で制作が開始された。

ピート・タウンゼンドの構想では、アルバムのみならず、映画や劇場をもクロスオーバーさせた「聴衆参加型ロック」という壮大なプロジェクトで、その旨の制作発表までされていた。

 

ところが、ピートの書いた脚本が難解で、他のメンバーが理解できず、制作は暗礁に乗り上げた。

その折、グリン・ジョンズ(※)が、コンセプトを破棄することを進言。ピート以外のメンバーが賛同したため、「コンセプトを持った曲によるノン・コンセプト・アルバム」として制作し直すこととなった。

 

2枚組とする計画もあったが、最終的に1枚に曲は絞られ、「フーズ・ネクス」としてリリースされた。

 

グリン・ジョンズ:「フーズ・ネクスト」でレコーディング・エンジニア、共同プロデューサーを務めている。ビートルズの幻のアルバム「Get Back」の制作にも関わっている(但し、彼の編集した「Get Back」はボツとなり、フィル・スペクターによる「Let It Be」となる)。

 

このような経緯ゆえ、ピートは、妥協と挫折の副産物として、当初はこのアルバムを嫌っていたらしい。

 

そんな「フーズ・ネクス」なのだが、経緯は経緯として、内容はもの凄く素晴らしい。

 

ピートの作る曲は、創造性溢れるものばかりで(ピート自身もキャリアの中で最も冴えた時期だったと自認している)、捨て曲が無いのは勿論のこと、ロック史に残る名曲アンセムも複数収められている。

 

ザ・フーの演奏も、ライブでの熱量、爆発力、破壊力をスタジオで見事に表現したものとなっており、しかもシンセサイザーを採り入れ、リズムを取らせるなど、新奇性にも満ちている。

 

間違い無く、ザ・フーの最高傑作

ロック史上、十指に入る大傑作と言って良い。

個人的には、別格扱いのアルバムだ。

 

全曲好きな曲なのだが、これだけは外せないという2曲(+1曲)に絞って紹介する。

 

 

Baba O'Riley(A1)

ピートが「オルガン(Lowrey organ)からの出力をシンセサイザー(EMS VCS 3)のサンプル&ホールドと呼ばれるフィルターに通すと電圧掃引(ボルテージ・スウィープ)によりランダムに音が出る」と語るシーケンサーを使ったような音は、実際にはピートが手で弾いている。

 

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この繰り返される音にリズムを任せて、キースのドラムが野獣のように暴れまくる。

ジョンのベースが野太く低い音で響き渡る。

ピートのパワフルなギターが入ってくるところも最高だ(ステージではウィンドミル奏法を披露するところ)

そんな演奏をバックに、ロジャーの喉の奥から搾り出すようなボーカルが熱い。

中間部でのピートのボーカルも良い。

 

It's only teenage wasteland

10代の荒地、不毛の地

They're all wasted

全てが無駄、無意味

 

最初に聴いたのが、10代・高校の時だっただけに、この歌詞は刺さった…

 

 

My Wife(A4)

妙に好きな曲なので、+1曲として…

これはジョンの曲で、当初のコンセプト「ライフハウス」とは一切関係が無い。

彼がボーカルも務め、トランペットなどのホーンセクションも演奏している。

キースによるドラムの推進力が凄い。

浮気をしたと思い込んでいる妻に追いかけられる男の歌。

このままだと妻に殺される。マシンガンを持った黒帯の柔道家ボディガードにつけてくれ。ヤバい、妻が来た!といったようなアホな歌詞。

 

 

Won't Get Fooled Again(B4)

"Baba O'Riley"と同じく、シンセサイザーによるシーケンサーを使ったような音にリズムを任せて、ピート、ジョン、キースが熱い演奏を繰り広げる。

キースは相変わらずエイトビートを刻むことなく、多彩なタム回しとシンバルワークで曲をプッシュする。後半のドラムソロも秀逸。彼の最高のプレイだと思う。

ジョンのベースも縦横無尽動き回る。ベースのフレーズを追うと、上に下に動き回る左手と人差し指中指薬指で力強く弦を弾く右手が見えるよう。正にリードベースだ。

ピートのギターは曲をしっかり支える役割を担っている。その一方で、パワフルなコードプレイがロックの初期衝動も体現している。アコギによるカッティングプレイも聴こえるが、このサウンドメイクは素晴らしい。

そしてロジャーがそんな演奏に乗って、これまた素晴らしいボーカルを聴かせる。ドラムソロの後「YEAHー!」と切り込んでくるシャウトが凄い。

 

We don't get fooled again

政治や体制が変わったとしても、スローガンが変わったとしても、左寄りが右寄りになったとしても、どれもほとんど同じようなものさ。二度と騙されるのは御免だ。

Meet the new boss Same as the old boss

新しい指導者って言っても、前と同じさ。

 

ロックだなぁ… シビれる歌詞だ。

私の中で、ロックな歌詞というと真っ先に浮かぶのが、この曲だ。

(ちなみに、この曲の邦題は「無法の世界」。ちょっと違うんじゃないか?と思うが…)

 

サウンド・メイクといい、歌詞といい、演奏といい、ロックの中で最高の曲であり、永遠のマスターピース

 

 

と、熱くなってしまったが、ここで採り上げるのはUS盤

このアルバムは是非ともレコードで聴きたい、と手に入れたものだ。

 

 

色々と調べたところ、マスタリングはダグ・サックスによるもの。マスタリングのゴッドファーザーと呼ばれる名エンジニアで、数多くの有名アルバムで仕事をしている。

ドアーズ、ザッパ、ストーンズ、ジョージ、リンゴ、カーリー・サイモン、エアロ・スミス、ジョージ・ベンソンジャクソン・ブラウンボズ・スキャッグスマイケル・フランクスピンク・フロイドTOTOマイルス・デイヴィス、などなど…

 

で、肝心の音なのだが、拡がりのある開放的な音で、何よりもパワー、エネルギーが凄い

そして、音の輪郭がはっきりとしており、一つ一つの楽器が浮き出るように聴こえる。

 

特に素晴らしいのがギターの音。

オーバードライブの掛かったギターが、バーンと爆けるように鳴る。

アコギのカッティングもキレが半端なく、小さめにミキシングされている音もくっきりと聴こえる。

 

レコードで聴く「フーズ・ネクス」、CDと比べてパワー、エネルギーが倍増音の説得力が凄い

 

 

うーむ、こいつはUK盤でも聴きたい。

ザ・フーは英国のバンドなので、UK盤を聴くべきだろう…

 

だが、これがなかなか無い。

中古レコ屋の店頭はおろか、Discogsにも状態の良さそうなものが無い。eBayにも出品が無い。

 

そこで、UKマザーの海外盤はないのか?それなら英国でカッティングされたものなので、UK盤と同等の良い音がするはず… と思い、Discogsを漁ってみると…

 

あるではないか、UKマザー

ということで手に入れたのがこれ☟

 

 

The Who

Who's Next

イスラエル盤(1971年)

Polydor

2480 056

Side1:2408102 A//1 1 4 • 1 MG 12888

Side2:2408102 B//2▽420 1 4 • 21 04


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UK盤マトリックスが同じであるUKマザーによるイスラエルだ。

 

で、聴いてみると、思っていた通り迫力のある音で、パワー、エネルギーが凄い。さすがUKマザー

 

US盤に比べて、心なしか引き締まった音といった印象で、そして、ベースがよりくっきりと鳴っている

 

以前にイスラエル盤レコードはベースの音が大きい、凄いという記事を書いたことがあるが(☞ こちらの記事)、この「フーズ・ネクスイスラエルもベースの鳴りが良いのだろう。

 

一方で、US盤の方が心なしか音に開放感があるように感じる。

 

カッティングによる違いや、レコードの原材料である塩化ビニールの材質の違いにより音は変わるので、それがレコードの面白いところ。

 

 

と、ここで「あれ?」と気が付いた。

 

US盤のマトリックス

Side1:MG 12888-W3• 1 ✲

Side2:MG 12889-W3• 1 ✲ ∪∪

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UKマザーによるイスラエル盤のマトリックス

Side1:2408102 A//1 1 4 • 1 MG 12888

Side2:2408102 B//2▽420 1 4 • 21 04

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Side1マトリックスMG 12888」の部分、手書きなのだが、同じ人による筆跡だ。全く同じものではないものの、手癖や書き方からして明らかに同じ人によるものだ。

 

 

これってどういうこと?

 

米国でカッティングされて作られたメタルマザーが英国に送られ、それをもとにUK盤が作られたということか?

いやそれだと「2408102 A//1 1 4 • 1」が刻印される工程が無い(スタンパーを作る度に刻印するとは考えられない)

 

ということは、米国で英国用にカッティングされたメタルマスターがあり、それが英国に送られて作られたのがUKマザーということなのではないか?

 

つまりは、こういうこと。

(レコードの製造工程等についてはこちら

 

 米国

 カッティング → ラッカー盤 ※1 →

 メタルマスター →

 メタルマザー(USマザー)→

 スタンパー → レコード盤(US盤)

              ※1:MG 12888が刻印される

 

 英国

 カッティング(米国) → ラッカー盤(米国) ※2

 メタルマスター(米国)=英国用のメタルマスター

          ↓英国へ

 メタルマザー(UKマザー)※3 

 スタンパー → レコード盤(UK盤)

              ※2:MG 12888(※1とは別)が刻印される

              ※3:2408102 A//1 1 4 • 1が刻印される

 

 イスラエル

 メタルマザー(UKマザー)

          ↓イスラエル

 スタンパー → レコード盤イスラエル盤)

 

 

では「MG 12889」の刻印が無いSide2はどうなのか?

この刻印が無いということは、英国カッティングなのか?

それとも刻印が無いだけで、Side1と同様に米国カッティングなのか?

 

気になるのは「B//2▽420」の刻印だ。

最初の製造であれば「B//1」となるはずだが、何らかの理由でボツとなり、2番目に製造されたものに「B//2」の刻印がなされたということなのだろう。

 

とういうことは、米国から送られてきたSide2のメタルマスターの音が気に入らなかったため、Side2のみ英国でカッティングされたということなのか?

 

しかし、ゴッドファーザーと呼ばれるダグ・サックスによるマスタリングに基づき米国でカッティングされたものをボツにするとは考えにくいが…

 

うーむ、どういうことなのだろう?

 

そこで、US盤とUK盤、もといUKマザーのイスラエルを改めて聴き比べてみた。

すると、先に記載の通り、材質の違い等による音の違いはあるものの、基本的な音の傾向は同じように感じる。

 

これらのことから私が推察したことは…

・Side1、Side2とも米国で英国用にカッティングされた。

・Side1には「MG 12888」、Side2には「MG 12889」の刻印があるメタルマスターが作られた。加えてそれぞれ刻印が無い予備のメタルマスターも作られた。

・それらのメタルマスターは英国に送られた。

・Side1については「MG 12888」の刻印があるものでメタルマザーUKマザーA//1が作られた。

・Side2については「MG 12889」の刻印があるものでメタルマザーが作られるはずだったが、アクシデントがあり、刻印のあるメタルマスターが使えなくなった(落として壊したとか)

・このため、刻印の無い予備のメタルマスターでメタルマザーUKマザーB//2が作られた。

 

どうでしょう?

これが正解かどうか分からないが(正解を知っていましたら、教えてください)、色々と思いを巡らす楽しみはレコードならでは…

 

 

と、まあ、あれこれと書いたが、なんであろうと良い音であれば、それで良い。

 

US盤UKマザーのイスラエルも、ザ・フー最高傑作パワー、エネルギー溢れる音で聴けるのだから、どうでも良いことだ。

 

 

でも、あれこれ探ってしまうのが、レコード狂人の性…

 

 

 

(おまけ)

私の中で、ロックロックな歌詞というと真っ先に浮かぶのが、ザ・フーだ。

これぞロックだよなぁ…

 My Generation

  I hope I die before I get old

 We're Not Gonna Take It

  We're not gonna take it, Never did and never will

 Baba O'Riley

  It's only teenage wasteland, They're all wasted

 Won't Get Fooled Again

  Meet the new boss, Same as the old boss

 Long Live Rock

  Long live rock, be it dead or alive