レコード評議会

お気に入りのレコードについてのあれこれ

Somewhere In England / George Harrison【UK盤】

ジョージ・ハリスンの不遇な(?)アルバム「ゴーン・トロッポ」を前回採り上げた。

 

このアルバム、ジョージはプロモーションを全く行わず、所属レコード会社のワーナー・ブラザースも力を入れなかったため、セールス的には失敗に終わった。

 

シングルのミュージック・ビデオ制作を拒否するなど、ジョージは全くプロモーションをしなかったという。

アメリカではビルボード・チャートで最高108位止まり、イギリスや日本ではチャートにすら入らずということで、もとビートルズ・メンバーのアルバムとしては散々な結果だった。

 

では何故、ジョージは「ゴーン・トロッポ」のプロモーションを行わなかったのか?

音楽業界に嫌気が差していた、ということらしい。

 

で、その原因の一端には、前作アルバムの制作経緯にもあるらしい。

 

ということで、今回の「レコード評議会」はこのアルバムを採り上げる。

 

 

George Harrison

Somewhere In England

UK盤(1981年)

Dark Horse Records

K 56870(DHK 3492)

Side1:W-10  DHK-1-3492  K 56870  A 3

Side2:W-15  DHK-2-3492  K 56870  B-3


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Side1
 1. Blood From A Clone

 2. Unconsciousness Rules

 3. Life Itself

 4. All Those Years Ago

 5. Baltimore Oriole

Side2

 1. Teardrops

 2. That Which I Have Lost

 3. Writing's On The Wall

 4. Hong Kong Blues

 5. Save The World

 

1981年6月1日リリースの「想いは果てなく〜母なるイングランドSomewhere In England」。

 

 

当初は1980年11月2日リリースの予定で、ジャケットや収録曲も既に決まっていたのだが、販売元のワーナー・ブラザースの社長モー・オースティンからジャケットと収録曲の差し替えを命じられ、リリースが延期されたのだという。

 

リリースの時期が、ジョン・レノンの「ダブル・ファンタジー(1980年11月17日リリース)と重なるのはセールスに影響するので避けたい、という思惑もあったようだ。

 

ちなみに「ダブル・ファンタジー」日本盤の帯の裏面に「好評発売中!」として、当初予定のジャケットが掲載されており、このことからもリリース直前にストップが掛かったということが分かる。


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ここまで準備が進んでいながら、リリース直前に差し替えを命じられたのでは、ジョージの気持ちも推して知るべし。良い気分はしなかったに違いない。

 

 

差し替え前

 1980年11月2日リリース予定 → 延期

 下線の4曲が差し替えとなる


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Side1

 1. Hong Kong Blues

 2. Writing's On The Wall

 3. Flying Hour

 4. Lay His Head

 5. Unconsciousness Rules

Side2 

 1. Sat Singing

 2. Life Itself

 3. Tears Of The World

 4. Baltimore Oriole

 5. Save The World

 

 

差し替え後

 1981年6月1日リリース

 下線の4曲が差し替え後の曲


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Side1
 1. Blood From A Clone

 2. Unconsciousness Rules

 3. Life Itself

 4. All Those Years Ago

 5. Baltimore Oriole

Side2

 1. Teardrops

 2. That Which I Have Lost

 3. Writing's On The Wall

 4. Hong Kong Blues

 5. Save The World

 

 

シングル向けの売れる曲がない、というのが差し替えを命じられた理由だというが、ジョージは差し替え後の"Blood From A Clone"でこう歌っている。

 

They say they like it, now but in the market, it may not go well as it′s too laid back.

You need some oomph-papa, nothing like Frank Zappa and not New Wave they don't play that crap. 

Try beating your head on a brick wall, hard like a stone.

Don′t have time for the music.

They want the blood from a clone.

 

(意訳すると、こんな感じか…) 

ワーナー・ブラザースのお偉いさんたちは言う、「良い曲だとは思うが、レイドバックし過ぎていて、セールス的には売れないと思う」って。

分かったよ、ウンパッパとノリの良い曲を演ってくれってことなんだろ。フランク・ザッパとかニュー・ウェイヴみたいなのじゃないやつね。彼らはウンパッパみたいなくだらないのは演らないけどね。

その凝り固まっている頭を壁にぶつけてみたらどうだ?石頭過ぎて変わらないか。

もう新しい音楽を作る気も失せてくるよ。

あいつら、とにかく売れる曲を作れるやつのクローンを欲しがっているのかね。

 

ジョージ、やっぱりムカついているよな…

そりゃ腹立つだろうな…

 

"Teardrops"もやたらポップな曲で、かえって当てつけのような気もする。

そう思って聴くと"That Which I Have Lost"のカントリー・タッチなのも「ワーナー・ブラザースのお偉いさんたちもカントリーなら好きだろ」と言っているようだ。

 

という訳で、業界(ないしはワーナー・ブラザースに嫌気が差したジョージ、次作「ゴーン・トロッポ」では「これだったら文句ないだろ」と明るく楽しい曲を並べる一方で、「その代わり、プロモーションは一切しないから」としたのではないか?

 

まあ、経緯はそうだとしても、前の記事に書いたように「ゴーン・トロッポ」の内容はジョージらしさ溢れる曲が並ぶ良いアルバムだと思う。

 

と言うか、もしかすると、この「想いは果てなく〜母なるイングランド」の時も、ジョージ自身は積極的なプロモーションをしていないのではないか?

 

"All Those Years Ago"と"Teardrops"の2曲がシングル・カットされているが、後者はミュージック・ビデオ無し。そして前者も過去の映像を繋いで作ったもので、この当時のジョージの映像は出てこない。

 

そもそも、"All Those Years Ago"がシングルとしてリリースされたことについても、ジョージは内心どう思っていたのだろう…

 

この曲、もとはリンゴ・スターに提供したものだったのだが、キーが合わずにリンゴが歌えなかったため、ジョージはアルバムの差し替え候補曲とした。

1980年12月8日、悲劇が起こった。

ジョージは歌詞を書き換え、ジョン・レノンへの追悼歌とした。リンゴがドラムを叩き、ポール・マッカートニーがコーラスを付けた。ビートルズ解散後では初めて3人が参加している曲となった。

 

1981年5月、"All Those Years Ago"過ぎ去りし日々は"Writing's On The Wall"神のらくがきとのカップリングで、アルバムの先行シングルとしてリリースされた。ビルボードチャートで2位と大ヒットした。

アルバムもこのシングルの大ヒットを受けて、ビルボードチャート11位まで上がった。

 

ジョージは在りし日のジョンとの思い出、ジョンへの想いを歌に託して語りたかっただけだった。

だからアルバムに収録するだけのつもりだったのに、ワーナー・ブラザースからアルバムの先行シングルとしてリリースすることを持ちかけられ、しかも大ヒットしてしまった。

そんなつもりでは無かったのに…

 

ジョージの気質からすると、そんな気持ちだったのではないか、と思えてならない。私の勝手な思い込みかも知れないが。

 

 

そんなこんなで色々あったこのアルバム、そして業界に嫌気が差したジョージ、このような経緯を知ってしまったからか、何となく物憂げな曲と無理に明るい曲が入り混じっている、チグハグでアルバムとしての統一感が無い、といった印象を受ける。

 

でも、個別の曲で言えば、心に残る曲も多く収録されているし、ジョージの優しさや誠実さが伝わってくるものもある。

 

"All Those Years Ago"過ぎ去りし日々

ポールとリンゴも参加して、在りし日のジョンとの思い出、ジョンへの想いを歌う。しかもシャッフル・ビートで明るい曲調なだけに、なおさらジーンと来て、目頭が熱くなる。

Living with good and bad, I always look up to you.

生きていれば良い時も悪い時もあるけど、僕はいつだってあなたのことを尊敬していた。

 

"Writing's On The Wall"神のらくがき

壁に書かれていること、とは旧約聖書の故事に由来し「不吉な前兆」「悪い兆し」といった意味で使われるが、この曲においては、書いてあることをどう捉えるかは自分次第だ、とジョージが優しく歌う。

 

"Blood From A Clone"

先に記載の通り、ジョージらしい皮肉に満ちた曲で、それが結果として吉と出ている。何となく"Taxman"が思い起こされる。そう言えば両方ともA面1曲目。

 

"Baltimore Oriole"

"Hong Kong Blues"

ホーギー・カーマイケルのカバーで、なかなか渋い選曲。好きな曲というのとはちょっと違うが、妙に印象に残る曲。

ホーギー・カーマイケルはアメリカの作曲家、歌手、バンドリーダーで、有名なものでは "Stardust"、"Georgia on My Mind"、"The Nearness of You" などがある。

 

"Save The World"

歌詞はジョンかと見紛うばかりのメッセージ・ソング。12月8日の悲劇以前に完成していた曲なのだが、まるでいなくなったジョンの代わりに作ったかのよう。楽しげな曲調とするところがジョージらしい。

 

 

ちなみに、演奏はポールやリンゴの他、ウィリー・ウィークス(ベース)ジム・ケルトナー(ドラム)アル・クーパー(キーボード)、トム・スコット(サックス)といった錚々たるミュージシャンが参加している。

 

 

ところで、ジャケットまで差し替えさせられたのは何故なのだろう?

アメリカでのセールスを考えると、イギリスを出し過ぎるのは良くない、とワーナー・ブラザースが考えたのか?

 

 

差し替え後のジャケットは、壁の前に立つジョージ。

この壁はロンドンのテート・ギャラリーにあるMark Boyleの"Holland Park Avenue Study"という1967年の作品。

 

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ジャケット裏面は「本物の壁じゃないよ」とジョージが笑いながら立ち去る姿。

 

"Blood From A Clone"の歌詞(Try beating your head on a brick wallに掛けているのか、本物じゃなくても見分けが付かないだろ(このアルバムは差し替え前のオリジナルじゃないけど見分けが付かないだろ)、という皮肉なのか。

 

 

こうして見てみると、曲といいジャケットといい、皮肉が効いていて、その一方で優しさも感じさせる、ある意味、正にジョージらしいアルバムなのかも知れないな、と。

 

 

 

(追記)

ところで、もし1980年11月2日にそのままリリースしていたら、ジョンの「ダブル・ファンタジー」とバッティングしてしまう。

その場合、お互いどう思うのかな?と想像してみたが、ジョンとジョージなら2人とも「良いんじゃないの、別に」と言っているに違いない。

ポールだったらそうは行かないだろうけど(笑)