前回はデヴィッド・トーンの「Cloud About Mercury:クラウド・アバウト・マーキュリー」というアルバムを採り上げた。
ビル・ブルーフォードとトニー・レヴィンが参加していることから、今回の「レコード評議会」はディシプリン期のキング・クリムゾンにしようかと思ったが、変化球でこれを採り上げようと思う。
Japan
Tin Drum
UK盤(1981年)
Virgin
V2209
SideA:V·2209·A5 :) ƱTOPIA SA Λ
SideB:V·2209·B6 1 2 Λ




Japan
Tin Drum
日本盤(1981年)
Virgin
VIP-6984
SideA:〄 (B) V卍 V-2209A 111 ※※
SideB:V·2209B 111 ※※






SideA
1. The Art Of Parties
2. Talking Drum
3. Ghosts
4. Canton
SideB
1. Still Life In Mobile Homes
2. Visions Of China
3. Sons Of Pioneers
4. Cantonese Boy
ジャパンの「Tin Drum :錻力の太鼓」。
そのUK盤と日本盤。
何故?どういった繋がり?と思われる方が多いだろう。
実は「Cloud About Mercury」で当初予定されていたベーシストはミック・カーンだったのだ。
彼のフレットレス・ベースを気に入っていたデヴィッド・トーンがアルバムへの参加を依頼していたが、体調不良から直前に見合わせとなり、代わりにトニー・レヴィンが参加することになったのだという。
ちなみにアルバム・リリース後のライヴではミック・カーンがベースを弾いている。
ということで、ミック・カーンがベースを務めたジャパンを採り上げようと思った訳だ。
ジャパンについて一言で説明すると、イギリスのニュー・ウェイヴ系、ポスト・パンク系のバンドである。
メンバーは以下の通り。
David Sylvian(本名:David Alan Batt)
ボーカル、ギター、キーボード
スティーヴ・ジャンセン
Steve Jansen(本名:Stephen Ian Batt)
ドラム、キーボード
Mick Karn(本名:Andonis Michaelides)
ベース、管楽器(サックス等)
リチャード・バルビエリRichard Barbieri
キーボード
ロブ・ディーンRob Dean(本名:Robert Dean)
ギター
次に、1974年結成から1982年解散までの歴史を駆け足で見てみる。
1974年、デヴィッド・シルヴィアン、その弟スティーヴ・ジャンセン、デヴィッドの友人であったミック・カーンによりバンド結成(当時は3人とも本名で活動、1977年のレコード契約後から芸名を名乗る)
1975年、リチャード・バルビエリとロブ・ディーンがバンドに参加
1976年、ハンザ・レコード(Hansa Records)主催のコンテストで準優勝(優勝はザ・キュアー)
1977年、ハンザ・レコードと契約
1978年3月、「Adolescent Sex:果てしなき反抗」をリリース(アルバムチャート:日本20位、UKランク外)
1978年10月、「Obscure Alternatives:苦悩の旋律」をリリース(アルバムチャート:日本21位、UKランク外)
* この頃までは荒削りなグラム・ロックの様なサウンド。イギリス本国での人気は今一つながら、日本ではアイドル的人気を博した。
1979年3月、日本武道館で3日連続公演、完売
* 典型的な"Big In Japan"の状態である。
1979年4月、シングル"Life in Tokyo"をリリース
* このシングルを機にシンセポップ的なサウンドを導入。
1979年12月、「Quiet Life:クワイエット・ライフ」をリリース(アルバムチャート:日本24位、UK72位)
* シンセポップ的なサウンド、デヴィッド・シルヴィアンの頽廃的で内省的なボーカル、ミック・カーンのうねる様なグルーヴのフレットレスベースといった独自のスタイルを確立。この頃からイギリス本国でも評価が高まる。
1980年、ハンザ・レコードからヴァージン・レコードに移籍
1980年11月、「Gentlemen Take Polaroids: 孤独な影」をリリース(アルバムチャート:日本51位、UK51位)
* 前作のスタイルを推し進めるとともに、アフリカン・ビートやアジアン・テイストが加わる。
1981年5月、ロブ・ディーンがバンドを脱退
* この頃にはギターの活躍する場が少なくなっていた。
1981年11月、「Tin Drum:錻力の太鼓」をリリース(アルバムチャート:日本38位、UK12位)
* エスニック色がさらに強くなり、特に中国風のテイストが大胆に取り入れられる。他に類を見ない独特のグルーヴ、唯一無二のサウンドが展開されている。
1982年11月、バンド解散を発表
* メンバー同士の衝突、バンド内の緊張感の高まりから、バンドは解散することとなる。ミック・カーンの恋人だった写真家の藤井ユカがデヴィッド・シルヴィアンと付き合う様になったことも引き金となっている。なお、この時期にミック・カーンはソロ・アルバムをリリースしている。
1982年11月、ロンドンのハマースミス・オデオンでイギリス最後の公演
1982年12月16日、名古屋でバンド最後の公演
1983年6月、ハマースミス・オデオンでの公演を音源とするライブ・アルバム「Oil on Canvas:オイル・オン・キャンヴァス」をリリース(アルバムチャート:日本11位、UK5位)
* 解散公演のライヴ盤。UKアルバムチャート5位とヒット。
という様にスタイルを少しづつ変えながら歴史を刻んできたジャパンだが、そんな彼らが制作した最後のスタジオ・アルバムがこの「Tin Drum :錻力の太鼓」である。
で、その内容はというと、これが傑作なのである。
上記の通り、エスニック色が強く、特に中国風のテイストが大胆に取り入れられている。
それはジャケットからしても一目瞭然。
表ジャケット:中国の農村(?)の食卓で食事をするデヴィッド・シルヴィアン、その部屋の背後には毛沢東の写真が飾られている。
裏ジャケット:並んで座るメンバー4人、その背後にも毛沢東の写真が飾られている。
私がこのアルバムを最初に聴いたのは1980年代後半、大学生だった頃だったが、一目見て「おいおい、大丈夫なのか、このジャケット」と思ったものである。
"Visions Of China"(中国の将来像)、 "Canton"(広東)、 "Cantonese Boy"(広東の少年)ともろに中国といったタイトルの曲もある。
これら以外でも、メロディがもろに中国風だったり、ちょっとしたフレーズに中国を感じさせる曲が大半である。
そして、サウンドも独特だ。
デヴィッド・シルヴィアンの頽廃的で内省的、陰鬱で沈み込む様なボーカル。
スティーヴ・ジャンセンのアフリカン・ビートや民族音楽を取り入れた立体感のあるドラム。
リチャード・バルビエリのアンビエント・ミュージックとも言える音で空間を創造するシンセサイザー。
ミック・カーンのまるで人が喋る様な音、うねる様なグルーヴのフレットレス・ベース。
4人の音が有機的に絡み合い、他に類を見ない独特のグルーヴ、唯一無二のサウンドが展開されている。
ジャパンの最高傑作であると同時に、ニュー・ウェーブやポスト・パンク全体で見ても代表的作品と呼べるものだ。
さてここで、手元にある盤について書いていこう。
まずUK盤。
初回マトはDiscogsによると、A面「V·2209·A3」、B面「V·2209·B3」、両面とも「ƱTOPIAマークあり」らしいが、手元にあるUK盤はA面「A5、ƱTOPIAマークあり」、B面「B6、ƱTOPIAマークなし」なので、セカンドプレス、サードプレスといったところの様だ。
イギリスではアルバムチャート12位、ゴールドディスク(10万枚以上)ということで、リカットによりマトが進んだのだろう。
肝心の音は、細かいところまで精緻に音が刻まれており、明晰ですっきりとした音像である。
スティーヴ・ジャンセンの立体感のあるドラムやリチャード・バルビエリのアンビエントなシンセ("Ghost"での幽玄な響きに顕著)を余すところ無く伝えてくれる。
さすがのUK盤、といったところである。
次に日本盤。
手元にある盤は無くなってしまっているが、本来はこの様なオビが付いている。
イギリスからテープを取り寄せて日本独自でカッティングした盤である。
イギリス物であればUK盤の方が音は良いのが一般的だが(テープのジェネレーションが若いことが多い)、この日本盤はどうかと言うと…
これがカッティングレベルが高く、UK盤より日本盤の方が音圧が高い。
このためミック・カーンのうねる様なフレットレス・ベースをより感じることが出来る("Talking Drum"、 "Canton"、 "Visions Of China"、 "Sons Of Pioneers"では主役級の活躍)。
侮れない日本盤、といったところである。
最後にミック・カーンについて、もう少し触れておきたい。
彼のフレットレス・ベースを今回改めて聴いたが、本当に独創的だ。
フレットレス・ベースと言えばジャコ・パストリアスが真っ先に浮かぶが、ミック・カーンも凄い使い手だと思う。
但し、ベーシスト・ランキングで彼の名前を見たことが無い。
デビュー当時ジャパンがアイドル・バンドと見做されていたためなのだろうか?
それとも、その眉毛を剃ったその容貌とステージで見せる「カニ歩き」からイロモノ扱いされてしまったためなのだろうか?
いずれにしても過小評価されていると思う。
「カニ歩き」がどんなものか知らない方のために、この動画を貼っておきます。
フレットレス・ベースのプレイも「カニ歩き」も独創的だよな…